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2002年7月

2002年7月26日 (金)

映画「es」

es[エス]

es

2002年

ドイツ

一般公募の人々を監守と囚人の二組に分けて、どのような心理変化が現れるかをみるという心理学実験の映画。

映画の内容は、極めて興味深くて、2時間食い入るようにしてみたのだが、映画終了後の映画館では、余韻に浸るような人もいなく、皆、無言で足早に去っていってた。映画館を出ると、次の回を待つ長蛇の列。映画に期待しているのか笑顔が目立つ。一方、見終わって階下に下るエレベーター内では極めて重い雰囲気が漂う。

う~ん。こういう内容はすごく興味あるけど、なにせあまりにショッキングで・・・。人間って怖い。自分は果たしてああいう状況下で自我を保てるかは分からないし。最後の1時間の急展開に目を覆う場面も多数。もはやホラー映画に近かったとはリーダーの感想。この映画の本当に怖いところは、出てくるのが「一般人」であるということと、実話を基にしていること。

よく似た内容で「青い目・茶色い目」という実験が知られているが、そういうのを考えても、人間のもつキャラクターとは周りの環境にかなり左右されているということが分かる。自分だって、サークルのとき、学科のとき、高校の友達のとき、中学の友達のときなど果たして全く同じキャラかと聞かれれば「はい、そうです」などと自信を持って答えられない。

また、責任を他に押し付けられると分かったときの人間の欲望はとどめを知らないようだ。「これは実験だ。」で全てを片付けられる監守役は怖かった。だが、この映画、もっとも怖いのはそうした映像を見て「おぉ、すごい。こんなに早くこういう状況になるとは!」と笑顔で観察する大学教授だ。実験の対象である人間を見る眼はラットを見る科学者と同じなのだろう。学問に溺れるのは恐ろしい。

この映画は、監督の初監督作品らしいけど、今後どういう作品を作っていくのだろう。音も光も通さない部屋での演出はどんな恐怖映画も勝ることはないと思う。

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2002年7月 1日 (月)

「日曜日の夕刊」 重松清

日曜日の夕刊 (新潮文庫)

日曜日の夕刊

重松清

新潮文庫 2002.6  

12の短編で450ページくらいの本。あっという間に読み終わりました。この人、予想以上に文章が上手です。どれもテレビドラマを見ているような物語。現代ッ子の言葉やカルチャーを効果的に取り入れていて、10年もしたら読んでて恥ずかしいような感じなるかもしれないけどね。12作ともはずれくじの無いような感じで一定の水準が保たれていたが、特に良かったのは次の3本。

「カーネーション」電車の網棚に忘れられたカーネーションを見ながら、車内にいる3人の人々がそれぞれ様々な思いを巡らせる。20ページちょっととは思えない内容の濃さ。手塚治虫の短編のうようだ。

「桜桃忌の恋人」太宰治ファンに気に入られてしまった国文科生の青年。しかし彼女は太宰を信仰するあまり、自殺未遂を繰り返す女性だった。こう書くと暗い感じだが、現代っ子の大学生が語るテンポの良いやけに軽い文体でスイスイ読める。

「後藤をまちながら」題名は「ゴドーをまちながら」のパロディ。かつてクラスでいじめられていた後藤君が参加すると言われていた同窓会。主人公は今いじめられている我が子を連れて参加するのだが・・・。ストーリーが読めるのに、最後まで読ませて感動させるあたり上手いです。

他にも、夫婦喧嘩の後にテレビ出演を依頼される「すし、食いねぇ」、全くなれないサマーキャンプに父子で参加する「サマーキャンプへようこそ」などが印象的。すぐ読めるのでご一読あれ。

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