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2003年10月16日 (木)

「どん底の人びと ロンドン1902」 ジャック・ロンドン 

どん底の人びと ロンドン1902
(the people of the abyss)

ジャック・ロンドン
Jack London

岩波文庫 1995.10  

ジャック・ロンドンといえば、アラスカを舞台にした自然もの小説で有名で、僕も幼少の頃に「白い牙」などを愛読したものです。そんなロンドンが自分自身最も思い入れのある作品だと言っているのがこの作品。

これはノンフィクションで、アメリカ人である作者が、変装をして、ロンドンの貧民街であるイーストエンドに潜入しそこで生活した記録です。このときの経験があまりにも衝撃的だったために作者自身の思い入れが一番強くなったようです。

作中でも言及されていますが、貧民街の調査といって公務員などが出向いていっても、そこに本当の姿が映し出されるはずもなく、こういう体当たりのルポによって初めて浮き彫りにされる「生の声」があるのだと思います。19世紀後半ロンドンをこよなく愛するものとしては見逃せない一冊です。

当時のロンドンは急激な都市化、産業化によって貧富の差が急激に拡大していまして、大都市ロンドンでは日雇いの労働でまさにその日暮の生活をしている下層階級の人々はイーストエンドと呼ばれる都市の東側へと追いやられていました。

当時のイーストエンドでは「切り裂きジャック」の事件などが起こり、それはそれは治安も悪く、一定の階級以上の人々は決して近づかないような有様。ディケンズの小説などでも言及されてますよね。で、「イーストエンドには行かないほういいですよ」と皆が口をそろえるその場所の実態がどうなっているのかは大変気になるところでして、ロンドンの命がけの調査が始まったわけです。

そこで彼が見たのは想像を絶する光景でして、硬いパンと少量のスープのみの食事で日々を過ごし、仕事がなければ救貧院の世話になり、ひとつの部屋に10人近い人が寝泊りし、路上での生活を強いられるも警察のやっかいなったりと言った姿が本当に生々しく描かれています。ロンドンは救貧院のみならず浮浪者収容所なる施設にまで潜入していきます。

そんな中でもっとも印象に残ったのが、ロンドンがある若者と会話をするところで、その若者は、人生について熱く語り、家族なんてものがあればその分生活が圧迫されるだけなので結婚などあり得ない話しだと力説し、日雇いで働いて、その金で酒を飲んで死ねればそれで幸せと説くのだが、彼が22歳だと書かれているのです。自分と同じ歳の若者のこうした視点が本当にショックで心に残りました。

さて、そんな彼の衝撃のルポですが、どうやってしめられるのかなぁと思っていたら、最後の章になって、ロンドンは全てをイギリス政府の管理体制の悪さの引きこした大失敗の政治の結果だと結論づけていました。アメリカにはそれはないという点を強調しつつ、「国による管理の大切さ」を問うあたりは社会主義者としてのロンドンの姿勢が強くうかがえました。

ロンドンさんに1つクレームをつけるなら、数十年前まで奴隷制があり、かなり強烈な人種差別が成されていたはずの時代のアメリカの現実を棚に上げて、低い階層の人々は家畜以下の暮らしをしてるなどと言ってここまでイギリス社会を批判できるのもすごいなぁということです。もしかしたら有色人種は「国民」「人間」とさえ認識していなかったのかもしれませんけど。

結局そういう本だったのかぁとちょっと残念な感じもしたんですけど、最終章以外は「夜と霧」のように人として読んでおかなければいけないような内容だったように感じました。

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