「スティル・ライフ」 池澤夏樹
スティル・ライフ 池澤夏樹 中公文庫 1991.12 |
芥川賞受賞作である表題作は、ちょっと前に話題だったニュートリノの話なんかも出てくる作品で、どうやら世間では「理系文学」などと認識されているようです。
フリーターの主人公が、バイト先で1人の男と知り合い、バーでちょっと知的なトークを「たまたま歩いて見かけた蝶の話をする」ようにさりげなく繰り広げます。そして、ある日、彼からある計画に協力して欲しいと依頼されるというのがストーリー。
なにやら、文系の人(自分もそうだけど)には、ちょっととっつきにくい「理科系トーク」が新鮮なんでしょうか。別に特筆するほどの理系の内容でもないと思うんですけど。むしろその題材をうまく使った軽快な語り口に溢れる文系トークですよ。この本はとにかく素敵な言葉いっぱいでした。
アウトローな話でもあるんですけど、不思議な安心感に包まれていました。
「ヤー・チャイカ」 池澤夏樹 中公文庫 (「スティルライフ」に収録)
で、表題作よりもこっちの方が数倍、いや、数十倍にお気に入りでした。この作品に出会えて嬉しいです。何度も読み返したくなるような作品です。なのであえて別立てで書くことにしました。
父子家庭の父娘とひょんなところで知り合ったソ連からきた男の話。題名の「ヤー・チャイカ」は初の女性宇宙飛行士のテレシコワさんが言ったという「わたしはカモメ」のロシア語です。で、このタイトルが示すように、遠く宇宙に離れていくように少しずつ娘が成長していく姿や、巨大国家ソ連が滅びようとしている様子を比喩したような逸話の挿入。ほほえましい日常風景、ちょっとした不思議体験など色々な要素がちりばめられていました。
特筆すべくは本編とは全く関係のなさそうな「恐龍を飼う少女」の話が全編を通してときおり顔を出すことです。この作品によって本当に伝えようとしていることを探るためには何度か読み返す必要がありそうな本ですが、何度でも読みたいと思わせるような不思議なパワーを持った作品でした。
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