「母の発達」 笙野頼子
「母の発達」 河出文庫 笙野頼子
芥川賞受賞作の「タイムスリップ・コンビナート」(文春文庫)もマグロから電話がかかってくるというかなり突拍子のないお話だったのだが、この作品は、その想像力と言葉の力にただただ圧巻されるばかり。こんな物語を書ける人がこの世の中にいるのかと言葉を失って呆然としてしまう1冊です。
作品は全部で3つの章からできていて、それぞれが「母の縮小」、「母の発達」、「母の大回転音頭」となっています。この時点でこの作品は何かが違うと感じられます。で、内容は、母との関係が上手くいっていない女性が主人公で、彼女は三重県人特有の気質を持っています。思春期のある日、彼女は母が縮小して見えるということを体験するわけです。縮小した母はいつの間にかチャーリーという外国人になったり、男性になったり、小さなサイズで踊りだしたりするものの、その存在はやはり彼女の母親。第2章では、主人公は49歳、殺してしまった母が復活、呼びかければ「げべげべ」などと答え、人を食べ、大量の母虫を生み出すようになる。やがて主人公は「あ行」~「ん」まで50音の母のエピソード作り始める。例えば、『「あ」のおかあさんは悪魔のおかあさん』という具合に50種類の母親を創出し、それぞれの母親のエピソードが語られることになる。そして第3章では世界旅行を終えて家に帰った主人公の前に再び母が現われくるくると回転を始めてフィナーレを迎える。
ストーリーの最後まで書いても全くネタバレにならないという不思議作品です。シュールとかを通り越した存在かと思います。母の死を告白する場面の台詞は「母が死んだのですっとてちてたっ」ですよ、で、さらに「はーい、きゅーうに死んだのでーす、ずちゃちゃずちゃちゃ。」と続けるんですよ。割と全編このテンションで180ページ。作品の半分は50音の母親のエピソードを作る部分(本当に50個でてきます)なんですけど、その中の「るの母親」が個人的にはかなりツボでした。大量に存在する「るの母親は」草野真平の詩集につかまったそうです。そんなこんなでとにかくハチャメチャなんです。しかし、それなのに、全体を通して一貫する力強さがあるし、ストーリーもテーマも深く感じられるというもうスゴイとしか言いようのない不思議なパワーがあるんです。
どうやら、ここで言う「母」とは、「母」という言葉の持つ意味そのもののようで、「母」という単語のもつ意味を究極に追求し、それを遊び倒すというのがこの作品のとった手法かと。で、1つの大きなテーマとして、「エディプス・コンプレックス」の母親版、娘が母親を心の中で殺してしまうという現象を扱っているのではと。現代における「母」という役割、そしてその言葉の持つ意味にするどいメスを刺すような作品。もう笑い転げそうなくらいなハチャメチャな文章と内容なのにこれらがしっかりと感じられるんですよ。読書好きにはかなりオススメかも。苦手な人は全く読めないかもしれないけど。
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