「ルート225」 藤野千夜
「ルート225」 新潮文庫 藤野千夜
新潮文庫、今月の新刊です。以前に読んだ「ぶらんこ乗り」(いしいしんじ)や「キッドナップツアー」(角田光代)と同様に、理論社から出ている、中高生を対象にしたシリーズから新潮文庫に入った作品のようです。もともとが中高生に読書の楽しみを知ってもらおうという意図で企画されているものなので、色々と工夫がされている作品が多いのがこのシリーズの特徴。どうでもいいけど、文庫の表紙のイラストが漫画っぽくてちょっとなぁと思いました。
この作品のストーリーです。主人公は中学2年の少女。ある日彼女は母親にせかされて、帰りの遅い1歳下の弟を探しに行くことになり、家から少し離れた公園で彼を見つける。弟はどうやらイジメにあった様子で母親にそれを知られるのが嫌で家に帰るのを渋っていた様子。主人公の姉は弟を説得し公園を出て家へと向かう。しかし、どうも様子がおかしい。風景もまるで変わっていて国道が通っているはずのところに大きな川が流れていたりする。道を間違えたのかもと思い、2人は公園へ戻り再び帰路につく。今回は無事帰宅できたのだが、どうも様子がおかしいことに気づく。両親が消えてしまい、何日待っても帰ってこない、そして、数年前に死んだはずの同級生が生きているし、仲違いしたはずの友人が親しげに話しかけてきたりする。はたまた、弟曰く、高橋由伸がちょっとだけ太っている。つまり2人は限りなく現実に近いパラレルワールドに迷いこんでしまったらしいのだ。弟の持っているテレカで電話をかけると両親が待つ家につながるのだが、度数が少ないので頻繁に電話はできない。さてさて2人の運命やいかに。というもの。
全体の雰囲気は北村薫の「スキップ」と「ターン」を足して2で割ったような感じ。異界に迷い込んだ主人公が、現実を受け止め生きていく様子を描いています。ありえない状況なのに、元の世界に戻ろうとやっきにならずに2人が淡々と日常を過ごすというのが現代的なんでしょうね。ラストが、とても個性的というか、後味が悪いというか、なんともいえない余韻を残す作品でした。自分は「スキップ」のラストとか結構好きだったんですけど、この作品は、限りなく切なかったです。読後に残る妙な余韻としては、屈指の作品と言えるでしょうね。
文体が、主人公の中学生の独白の形式をとっていて、やたらと若者にこびた話し言葉とかメール文章のような感じで書かれていて、読み始め数ページはかなり読みづらい印象を受けるものの、ストーリー自体の面白さで、とにかく続きが気になるので一気に読めてしまいました。文体がどれだけ読みづらいかというと、小説なのに、「クラスの○○ちゃん(ユニクロ好き)」のようにやたら括弧で説明をいれたり、語り手が自分のコメントに対して「○○(←これって××だと思うわけ)」のように矢印まで入れて突っ込みをいれたり、「ていうか」がやたらと登場したりするわけです。まぁ、若者に読書の楽しみをというシリーズなので、普段は本を読まないような読者の気をひくのに一役買っているのかもしれませんが。
文体とあわせてもう1つ気になった点。固有名詞が非常に多いのです。企業名、人名、商品名が実名でバシバシ出てきます。以前「パークライフ」の感想を書いたときにも同じことを言った気がしますが、固有名詞が多い小説ってのは、読者を限定すると思うのです。固有名詞を使うことで、読者のイメージが限りなく限定されてしまい、その固有名詞を知らなければその情景を思い浮かべるのは難しくなってしまいます。「蹴りたい背中」なんかも割りと固有名詞が多かったですよね。「時代」を印象付けたりするのにはとても有効的だとは思うんですけど、多様すると、作品そのものが後世まで残りにくくなってしまいますよね。100年後には注だらけの小説になってしまうのではないでしょうか。なんてことも思いました。
この作品、映画化するらしいです。映画化した際のラストシーンが鮮明に浮かびます。究極に美しく余韻を残す絵が作れるのではないでしょうか。ストーリーそのものが読ませるんですけど、そういう点でも、映像化されたら見てみたいなぁと思えるような作品でした。
この作者って芥川賞の作品がゲイのカップルのお話みたいなんですけど、本人も、元男性という経歴なんですね。やたらと「やおい」という単語の多い物語だなぁと思ったらそういう背景がありましたか・・・。
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コメント
はじめまして。悠雅さんのところから飛んできました。
古い記事にすみません。映画の感想もあわせて拝見しました。
原作の文体は特徴的ですよね。
そこが気になってしまったため、乗り切れないところがありましたが
映画の出来が思った以上に良かったので原作読みなおしてみればまた違った思いも湧いてくるかも。
↑スキップ&ターンにも似ていますよね。スキップは私はえ~~~という思いがありましたが。どちらもせつない結末ですよね。
投稿: みみこ | 2009年6月 8日 (月) 12時28分
>みみこさん
はじめまして、
コメントいただきましてどうもありがとうございます。
記事の新旧にかかわらずコメントは大歓迎です!!
小説を映画化した作品は
ガッカリすることの方が多いのですが、
この作品は小説の良いところを上手く引き出して
映画化された貴重な例だと思います。
原作は現代っ子っぽさを強調した語り口が
ちょっと読みづらかったですよね・・・
投稿: ANDRE | 2009年6月 9日 (火) 01時23分