「この人の閾」 保坂和志
「この人の閾」 保坂和志 新潮文庫
10年位前の芥川賞受賞作。以前からずーっと気になってた作家さんです。とりあえず、かなり気に入りました。この作家さんの芥川賞受賞(95年)は笙野頼子(94年)と川上弘美(96年)の間でして、この頃の選考委員と自分の趣味が著しく近いのではないかと思う今日この頃。
表題作、「この人の閾」は、とあるサラリーマンが小田原に行った際、夕方までの時間をつぶすために、年賀状だけのやりとりが続いていた大学時代のサークル仲間の家を訪ねて、四方山話をするというお話。本当にこれだけの作品です。しかも本当に四方山話(すっかりオバサンだねトーク、子供がサッカーに夢中トーク、最近どんな映画や本を見てるかトークなど)なので、何かその会話に深い文学的意味があるというわけでもないのです。その点「きょうのできごと」(柴崎友香)なんかと似ているわけで、この作者が「きょうのできごと」の解説を書いているのもなるほど納得。これほどまでに物語が存在しないで、これだけじっくりと読ませる作者の力量は相当のものではないでしょうか。恐らく相当推敲されたのだと思います。一見四方山な会話に全く無駄が無いですからね。
タイトルの「この人の閾」の意味するところは、みんながみんな自分固有の価値観を持っているということ。作中の会話に出てくる例では、「イルカは頭が良い」と言うけれど、彼らの頭のよさを人間と同じ尺度で測っていいのか?という様に、他人それぞれの生き方、考え方を自分の価値観で評価することには何の意味がないのではないかというようなことを考えさせてくれます。この点はこの本に収められている4作品全てに共通な感じ。恐らくこの作家さんの作品の一つの特徴なのでしょう。2話目の「東京画」ってのも良かったけど、受賞作の「この人の閾」がやはり一番面白かったですね。
作品の持つ力強さや奥深さは全然違う種類のものなんだけれど、妙に池澤夏樹の「スティルライフ」を連想させる作品。とても嬉しい読書でした。何回か読んでじっくり味わいたい作品です。
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