「望楼館追想」 エドワード・ケアリー
「望楼館追想」 エドワード・ケアリー 文春文庫
イギリスの作家さんの500ページほどの長編小説。とにかくこれでもかというほどに読書好きな人々のツボをとらえようとして必死な作品です。
とにかくありとあらゆる設定が、シュールで、荒唐無稽で、文学好きの人が好みそうなものなんですね。主人公の職業は、蝋人形館で、人形に交じって、一日中蝋人形として立っていること。彼はいつも白い手袋をしていて(手袋10か条なるものを自分で作ってる)、インスタントの証明写真機から他人の証明写真を集めるのが好きで(「アメリ」!?)、人々の大切にしている品物を拾ったり盗んだりして、自宅の地下に自分だけの小さな博物館を作っている。そんな彼と、彼が暮らす「望楼館」というマンションの住人たちとの交流を描いた作品です。住人たちもかなり癖のある人々で、記憶を失い犬として暮らす女性、公園の入り口に体重計を置いて、人々の体重を記録し続ける男性、汗と涙を流し続ける教師など。この屋敷に新しい住人がやってきたところから物語が始まって、やがて各住人達が自分達の過去を語り始め、彼らの暮らす館が、かつて「偽涙館」と呼ばれた頃の物語が現われ、恋愛あり、スリルありのめくるめく展開が待っています。ポイントはこの作品の舞台はあくまでも現代の我々のいる世界だというところですかね。
この本の原題は「Observatory Mansions」で、直訳すると、「天文台屋敷」といったところですが、これを「望楼館追想」と訳していることから分かるように、翻訳者さんは相当、訳の言葉の選び方に凝っています。原書を読んでいないので何もいえないのですが、読書好きのツボを妙に押さえた様々な言葉の数々は、もしかしたら、翻訳の方が頑張った成果なのかもしれません。
ストーリーを書いた作者は相当酔いしれてこの物語を書いたに違いない雰囲気が伝わってくる作品。2,3ページごとにタイトルがついていて、連続した小さな物語の集合で大きな物語になっているんですけど、その小さな区切りの一つ一つがとても文学的なテーマを選んでいて、それだけで、30ページくらいの短編が書けそうなピースの集合になってます。表現の仕方も色々と実験的な手法を数多く使っていたりして、とても意欲的な作品ではあるんですけど、全てが、中途半端というか、浅いというか、確かに面白いし、個性的なのだけれど、読書好きの人々が好むであろうことがらを寄せ集めたような作品とも言えるわけです。最後まで読み終わって、確かに良い余韻は残るものの、「で、何?」っていう感覚が残るのも確か。評価が難しい作品です。
ここまでシュールな作品世界を作れるのはどんな作家さんなのだろうと思ってプロフィールを見てみたら、なんとマダム・タッソーで警備員をしていたらしいです。タッソーはロンドンにある有名な蝋人形館。作品にも蝋人形館が出てきますけど、ずーっとああいう所にいたら確かに不思議な世界が見えてきそうですね。
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