「麦ふみクーツェ」 いしいしんじ
「麦ふみクーツェ」いしいしんじ 新潮文庫
「ぶらんこのり」に続くいしい作品2つ目の文庫化。暖かなまなざしで良質の児童文学を綴る注目の作家さんです。
主人公は人一倍体の大きい青年。彼は素数にとりつかれた数学者の父親、元ティンパニ奏者で街の楽団をしきる祖父と3人で暮らす主人公が様々な人々や事件と関わり、また音楽家を目指す姿を描く成長物語。彼の成長を、どこからともなく現われる「麦ふみクーツェ」(小人?妖精?)の「とん、たたん、とん」というリズムとともに優しく描きます。「ぶらんこ~」と同様に小さなエピソードが沢山でてきて、その中にキラリと光る珠玉の名作がちらほらと散りばめられています。ネズミのエピソードやセールスマンのエピソード、鐘つきの話はなかなか面白かったですね。全体には前半部よりも後半部のほうが圧倒的に面白かったと思います。「クーツェ」の正体は最後までよく分からないのですが、その言葉の意味が明かされていく展開は、かなり読ませてくれました。
「ぶらんこのり」でも感じたのだけれど、いしい作品は、散りばめられているエピソードのいくつかが本当に素晴らしいのだけれど、1つの作品として全体を見たときに、ちょっと退屈な感じがしてしまうんですよね。作品の根底にある、なんだかわからない力強さ(しっかり根をはった作品という印象です)や、みんな「変わり者」なんだと言わんばかりの個性豊かなキャラ、絵画的な雰囲気なんかはかなり突出しているのだけれど、なんだかのめりこめないのです。もっともっと面白い長編を書いてくれるのではないかと期待をこめてこれからもチェックしていきたい作家さんですね。
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