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2005年9月

2005年9月30日 (金)

映画「ヒトラー 最期の12日間」 

「ヒトラー 最期の12日間」 2004年 ドイツ

舞台は敗戦がすぐそこまで見えている1945年のベルリンの地下要塞。ヒトラーとその周囲の人々が、敗戦を迎えるまでの12日間をいかに過ごしたのかが描かれます。メインは原作となった手記を書いたヒトラーの秘書となった女性の視点で描かれており、彼女の目を通して、「ヒトラー」という一人の人間が描かれると同時に、一人の独裁者に翻弄される側近達とその家族、そして、ベルリンに暮らす一般市民たちを描く群像劇です。邦題は「ヒトラー」となっていますが、原題は「陥落」という意味のようで、実際の映画もヒトラーが死んだ後も40分くらい続きます。

ヒトラーを一人の人間として正面から描くというのは映画界のタブーだったそうです。実際にこの映画は、色々な団体から激しく非難もされているそうですが、この映画は決して、ヒトラーを人間として描くことで彼を正当化しようとするものではなく、かえって、とても力強い反戦映画なのだと感じました。ヒトラーお気に入りの秘書の視点で描かれるヒトラー像は、あの冷徹な独裁者ではありません。過ちを問い詰められれば、逆上し癇癪を起こし、第1次大戦での「降伏」の屈辱を二度と味わわないために最後の最後まで自己のプライドのために戦う一方で、子供達を愛し、女性秘書に優しく接する一人のどこにでもいる人間です。そしてまたその側近達も、ただヒトラーに従うことで自己の行為を正当化し、負けを確信しつつも、決して屈しようとしない独裁者に付き従うしかない弱い人間。この映画ではむしろ、ヒトラーに反抗して、逃げ出す者が悪いようにすら感じられるのですが、これこそが戦争のもつ怖さではないでしょうか。映画のラストに、手記を残した秘書の女性本人が晩年答えたインタビュー映像が流れるのですが、その中で、彼女が言う言葉はとても印象に残りました。このメッセージを聞けただけでも、価値のある2時間半だったかもしれません。

この映画、監督さんは「es」と同じ人。「es」では、普通の一般市民が、心理学実験の名の下に、特殊環境下に置かれただけで、モンスターに変貌していく様を描いていましたが、この映画では「実験」ではなく、戦争という現実に起こったできごとの中で、一般市民がモンスターに変貌していき、やがて迎えた悲しい結末を描いているように思いました。そう、これまでの映画で描かれてきたような、残忍な独裁者としてのヒトラーや、冷たい悪者としてのナチスの姿はこの映画には皆無なのです。そうするしかなかった悲しい人々を哀れみの目で描いた映画とも捉えることが可能でしょう。一度坂道を転がり始めた車輪を自らの力で食い止めることができなくなってしまった人々のお話です。ナチスの最盛期の話を全く描かず(ホロコーストの至っては全く触れられない)、「最期の12日間」に絞って描いたことで、なおさら、その哀しみが際立っていました。

カミュの「ペスト」ではないけれど、まさに戦争は不条理。そして、その不条理に飲み込まれた人間は本当に弱いのです。かつては一人のカリスマとして、独裁者として、トップに立っていたであろう男の背中の小さなこと。そしてまた、信じるものを持っている人間は本当に強い。負けを確信して、防空壕の中で酒びたりになる将校たちよりも、ナチスに生涯をささげる夫人や、ユーゲントの子供達のほうがはるかに人間として輝いているのです。その凛とした顔の美しいこと。彼らも、真実をよみとることができず、独裁者に付き従うしかなかった弱い人間であることにはかわらないのですが、弱さの中にある芯の通った強さが、戦争というものの哀しみを強調しているように感じました。

戦後60年、ドイツ人は自らの手で、あの12日間を再現し、現実と向き合いました。あの日の自分は無知だったのだと言い訳をせず、「目を開いて」真実と向き合うことこそが、最大の教訓なのでしょうね。色々なことを考えさせられる映画です。2度見るのはつらい場面も多いのですが(突発的に銃殺シーンが入ったりしますからね。戦場のピアニストよりもずっと目をそむけるようなシーンが多いです。)、1度は見てみてソンのない映画ではないでしょうか。そして、今もこの地球上でこの映画と同じような日々を過ごしている人々がいるという事実にもしっかりと目を向けなければいけないのだと改めて感じました。小説「朗読者」といい、最近のドイツは、ようやく本当の意味で戦後をむかえつつあるのかもしれませんね。

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2005年9月25日 (日)

映画「茶の味」

「茶の味」 2004年 日本

不思議な映画です。ストーリーの説明がとにかく難しいです。北関東の山間の町に暮らす春野さんという家族のある年の春のできごとを淡々と描く作品。中心になるのは、転校生の女の子に恋をする高校生の長男(金八パート6でユイカさんと一緒に学級委員してた子)。そこに、巨大な自分の分身に見つめられている気がしてならない小学生の妹や、ミキサーの仕事をしつつブラブラしてる叔父(浅野忠信)、家で自作アニメを製作する母(手塚里美)、さえない催眠療法師の父(三浦友和)、元アニメーターの超エキセントリックな祖父(我集院達也)といった個性豊かな家族の日常や、彼らの身の回りで起こる奇人・変人大会のようなシュールな事件を描く映画。

数分の小さなエピソードを集めて一本の映画にしているのですが、ちょっと長いのが難点です。2時間半くらいありました。冗長なエピソードも割りとあったので、そういうのをカットしてコンパクトにまとめたほうが個人的にはもっと好きになれたかもしれません。この映画の特徴はとにかく演技が自然なところ。「演技してるの?」、「脚本あったの?」と疑問に思ってしまうくらいに自然体な会話がとても心地よい作品です。極めて前衛的でシュールな演出がところどころにチラホラと現われるんですけど、そこにこの自然体な演技が混ざることで、とても「ゆる~い」感じの作品になっています。まさに「茶の味」という感じ。

小さなエピソードの中にいくつか、とても心に残る良いものがありまして、その中でも、浅野忠信が昔の恋人(中嶋朋子)に会いに行くエピソードは5分くらいの短いものながら、本当によくできていて、思わず巻き戻して2回見てしまいました。全体的に浅野忠信が出演している場面がとても良いです。あと、主人公が好きになる転校生を演じる土屋アンナがとても可愛いです。今風な感じなのに転校するなり囲碁部に入るという不思議ちゃんを演じているんですけど、かなり良い感じです。他にもアニメーターとして庵野監督が出演してたり、クサナギ君が出てたり、チョイ役が何気に豪華。そして何よりも和久井映見のナレーションがとても心地よい作品でした。一番インパクトに残ったのは「山よ」ですかね。僕はこの歌、相当好きです。

と、良い場面は本当に良いのだけれど、ひとつの長編としてみたときに、ちょっと物足りなさを感じるような作品でした。なんでだろうね。やっぱり長すぎるのかな。各エピソードの面白い、つまらないの差が大きいのも確か。

ちなみに金八ファンとしては、主人公の少年と浅野忠信が会話してる場面で、「お、新旧生徒が夢の共演!」なんて思ってしまいました。浅野忠信が金八生徒だったとかって割りと知られてないのでは。

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映画「イルマーレ」

「イルマーレ」 2001年 韓国

以前から気になっていた作品です。主演は「猟奇的な彼女」の「彼女」役のチョン・ジヒョン。「猟奇的~」とは打って変わって、非常に物静かな女性を演じています。

1999年、声優をしている主人公の女性は、失恋し、それまで住んでいた海辺の一軒家から引っ越していきます。そして、その際に、次の住人にむけて、自分宛の郵便が届いたら転送してほしいという手紙をポストの中に残します。ところが、この手紙を受け取ったのは、2年前の1997年に同じ家に住む青年。どうやらその家のポストの中が2つの時間をつないでいるようで、2人は2年間という時間を越えて文通を始める。という物語。

とても映像の綺麗な映画でした。どの場面をとっても絵になるようなシーンの連続です。時間を越えた文通というファンタスティックな要素に合わせるかのように、幻想的な雰囲気がただよう風景描写や、色々と工夫した角度から撮影される映像など、物語の空気を最大限に表現しているよう感じました。物語も静かで、とても綺麗に展開してました。特に、時間を越えて2人がお互いを感じあいながら散歩するシーンとか、もはやお決まりのパターンかもしれないけれどとてもステキでした。個人的にはこの映画はかなり好きです。100点満点だったら90点くらい挙げてもいいかもしれません。最後の1分を抜かしたら・・・。

この最後の1分がなければ、傑作として記憶にとどめられたに違いないのだけれど、わずか1分で、すべてを台無しにされた気分です。この1分はおまけだととらえても、受け入れがたいですよ・・・。(以下ネタバレのため、反転させてね)ハッピーエンドにこだわる必要など全くないですよね。一万歩くらいゆずって、歴史が変わったとしても、彼の登場は、引っ越していく時点ではなくて、あのポストの前で泣き崩れる彼女の前がベストだろうに。(ネタバレ終了)というわけで、ラスト1分のせいで全ての感動がガタガタに崩れたわけです。それ以外は本当に本当に良い映画なので、オススメですよ。

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2005年9月23日 (金)

「うたかたの日々」 ボリス・ヴィアン

「うたかたの日々」 ボリス・ヴィアン ハヤカワ文庫epi

20世紀中頃のフランスの作家さんの作品。同じものが「日々の泡」というタイトルで新潮文庫からも発売になっていますが、ハヤカワの同じシリーズで同作者の「心臓抜き」という作品を持っているので、一貫性を持たせるためにこちらを購入。ちなみに、「心臓抜き」はこれでもかというくらいに破天荒で、シュールで、切ないお話で、自分はかなりお気に入りでした。

この本、翻訳があまり良くないというのが第一印象です。新潮版にすればよかったかもと後悔しました。まぁ、そんな訳も50ページくらい我慢して読めばそこそこ慣れてきたので無事最後まで読めたわけですが。物語はパリを舞台に、若い世代の恋人達の日常を描くのですが、途中でメインの人物である2人が結婚して幸せを謳歌するも、新婦が肺に睡蓮が咲くという奇病にかかってしまうというストーリー。「現代で最も悲痛な恋愛小説」なんていう謳い文句がある作品です。

この作者さんは独特の世界観が特徴的な方で、それはこの作品でも存分に発揮されていました。演奏を奏でるとそのメロディがカクテルとなって現われるピアノだとか、「警官殺し機」だとか、別の小説のタイトルにもなっている「心臓抜き」(その名の通り心臓を抜き取る機械)だとか、蛇口から鰻がでたり、種をまいて銃を栽培する仕事だとかそれはそれは想像力豊かな様々な不思議なものが登場するのですが、それらが当たり前のことのようにサラリと描かれるのがこの小説の良いところ。単に「雰囲気」を作りだしている小物にすぎないわけです。一番伝えたいのは切ないまでの愛の物語ですからね。

とにかく五感に関する表現が多くて、どれもが本当にみずみずしい感覚で描かれていただけに、翻訳で読むのがもったいない気がしてならない1冊でした。きっとフランス語で読んだらもっともっともっとステキでカッコよくて、哀しい物語なんだろうなぁと思いました。やはりこの作者の本は翻訳の壁が厚いですね・・・。ちなみに、この作品は海外でも映画化されてるし、数年前に「クロエ」というタイトルの邦画も作られていました。映画はどんな感じなんですかね。この独特の空気を上手くつたえるのは難しそうです。

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2005年9月22日 (木)

映画「レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語」

「レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語」 2004年 アメリカ

今年のGW頃にやっていた映画です。原作は、洋書売場の児童書コーナーなんかに行くとよく山積みにされている、英語圏ではかなりのベストセラーになっているシリーズ。両親を火事で亡くした3姉弟妹が、様々な後見人のもとに預けられるも、彼らの遺産を狙う伯爵の魔の手によって、次々と災難に見舞われるという物語。次は何が起こるの?とワクワクしながら見ることのできる作品でした。とにかくこれでもかというくらいに作りこまれた不思議な世界観とセットや小物の数々が素晴らしくて、映像を見ているだけでワクワクするような作品です。ティム・バートンが好きな人はきっと気に入るはず。と思ったら、製作総指揮が「アダムス・ファミリー」の監督さんで、美術スタッフは「スリーピー・ホロー」の方々だったらしいです。なるほど納得。

作品の売りはとにかく不幸であることなので、次から次に、不幸なできごとが彼らに襲い掛かって、その都度、子供達が知恵を絞って、その不幸を乗り切るというのが全体の流れ。しかし、この映画は主役である子供達よりもずっと目立っているキャラがいるのです。彼らを不幸に陥れる張本人たる伯爵を演じるジム・キャリー氏がそれ。役者という設定で、様々な変装をして彼らの前に現われてあの手この手で悪さをするんですけど、様々な変装をして、かなりのハイテンションで「マスク」を彷彿とさせる怪演を見せるジム・キャリーは、本当にお見事!!途中、メリル・ストリープとの共演の場面があるのですが、両者の演技がまさに「競演」という感じで、かなりの見ごたえでした。しかし、悪く言ってしまえば、ジム・キャリーの印象が強すぎてしまい、作品全体がかすんでしまっているのも事実。彼の才能を受け止め切れていなかったように思いました。メイキングによると、彼のアドリブがそのまま作品に使われているらしいので、その才能を見るだけでも価値がある映画といえばそうかもしれません。

割とコメディのきいた場面も多くてクスリと笑うような場面も多かったのですが、この作品はやはりファンタジーなので、子供達の活躍に期待したいのが本音。子供達にはそれぞれ、「発明」、「膨大な読書による知識」、「脅威の噛み付き力」という特殊能力が与えられているんですけど、それがそこまで生かされていなかったのが本当に残念。映画自体は十分満足できる内容なんですけど、素材がとてもよいので、もっともっとスゴイ作品になれる可能性を大量に秘めているように感じました。子供達の能力も、ジム・キャリーも、本当に素晴らしいセットと小道具も、この世界観も、ミステリー風のストーリーも全てがも物足りない。これは本当に欲張りなのかもしれないけれど、作りようによっては、傑作に化けていたのではないかと思います。そこれそティム・バートンが映画化したらどうなってたのかなぁと思ってしまいます。

ところで、この映画には本編とは別にかなりのお宝があります。オープニングとエンディングのアニメがあるんですけど、この完成度がものすごく高いのです。鳥肌ものです。「アズカバン~」のエンディングも面白かったけれど、この映画は久々に最後までじっくりと味わいたいエンドロールでした。選曲もかなり良かったし。この感じで本編も作ればよかったのになぁ。そしてお宝がもう1つ。ジム・キャリーとメリル・ストリープはもちろんですが、他のキャスティングが素晴らしい!なんとナレーターがジュード・ロウですよ!エンド・クレジットをみて「え~」と驚いて、思わず戻して聞きなおしてしまいました。さらにクレジットには名前が出ないんですけど、超大物俳優もカメオ出演しています。こういうのは純粋に嬉しいですねー。

どうやらこの映画は10巻くらい出ているシリーズのうちの2巻分しか映画化してないようなので、まだまだ原作のストックがあるみたいです。続編作られるのかな・・・。もし作られるのであれば、とんでもない傑作になって欲しいものです。

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2005年9月20日 (火)

映画「16歳の合衆国」

「16歳の合衆国」 2003年 アメリカ

原題は「United States Of Leland」。16歳という漠然とした表現よりも、主人公の名前の固有名詞を用いたオリジナルタイトルのほうが味わい深いですね。

ある日、リーランドという16歳の少年が恋人の弟(知的障害を持っている)を殺害してしまう。著名な作家の息子として、裕福な家庭に育ち、礼儀正しく、躾もよく、純粋で無垢な優しい少年である主人公。彼が何故、殺人を犯してしまったのか、メディアも被害者の家族も主人公の両親もただひたすら「Why?」の問いに対する答えを求めようとする。そんな中、少年院で教師をする作家志望の男は、彼のことを本に書こうと思い、2人での対話が行われるようになる。物語は、大体はこの流れで進みつつ、時間軸が色々と動いて、事件の前の過去に何があったのか、事件が起きて人々がどうなったのかを淡々と描いていきます。

とても哀しい映画です。世界中の悲しみを感じ取り、見過ごすことのできない思春期の少年の繊細な心が引き起こした悲劇。人々はただひたすら「何故?」と問うことを繰り返しますが、当の本人すらその答えは分からないと言います。このような事件が起こると、日本でもワイドショーなどで、どうでもいいようなコメンテーターの方々が好き勝手に言いたい放題な意見を述べてますが、明確な答などないことも多いはずです。この映画ではこの問いに対して、最終的な答えを描くことをしません。そのヒントと思えるような出来事を羅列していくだけです。この映画が描くのはただひたすら「哀しみ」なのだと思いました。事件そのものの哀しみ、残された遺族の哀しみ、加害者の家族の哀しみ、決して理解されない加害者の哀しみ、そして、それをとりまくアメリカ合衆国という国全体を包む哀しみ。タダ唯一、「何故?」という問いを求めず、対等に話しかけてくるのが、同じ受刑者の少年であるというのも印象に残りました。

ラスト、それなりの衝撃があるのですが、バッド・エンドの割りには、主人公の顔がとてもすがすがしいのが印象的。彼は何かの答えを見つけたのかもしれませんね。キャストのインタビューでも触れられていたけれど、このラストに至るにあたって、全く無駄のない脚本だったと思います。全ての登場人物がそれなりの意味を持って存在しています。静かな映画だし、終始シリアスだし、多少退屈なシーンもあるのだけど、色々と考えさせられるし、個人的には面白い映画でした。あと、音楽の使い方がとても良かったです。とくに冒頭部分、ピクシーズの楽曲が使われている部分は、映像も演出も音楽も見事な一体感を持っていて鳥肌モノ。

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2005年9月13日 (火)

映画「モダン・ミリー」

「モダン・ミリー」 1966年 アメリカ

ミュージカル映画です。主演は、ジュリー・アンドリュース。「メリー・ポピンズ」、「サウンド・オブ・ミュージック」で大成功した彼女が、挑んだミュージカル映画第3弾。原作があるわけでもなく、ベースになる舞台版があるわけでもない映画オリジナルの作品で、当時はなかなかのスマッシュヒットを放って、アカデミー賞の作曲賞も受賞しているものの、すっかり歴史に埋もれてしまった作品。4年位前に、ブロードウェーで舞台化されて、トニー賞で作品賞など6部門を受賞しています。とにかくオシャレでハッピーなコメディミュージカル。最近の作品で言えば、「キューティー・ブロンド」とか「ブリジット・ジョーンズ」がミュージカルになったような爽やかな明るさのある作品です。

舞台は1920年代のアメリカ。大戦に挟まれ、大恐慌の前で、経済もノリに乗っている時代のお話です。田舎から出てきた主人公ミリーはタイピストの資格をとって、ステキな上司のタイピストになって、恋に落ちることを夢見る女性。彼女は独身女性専用のホテルに宿泊しながら、流行の最先端のファッションに身を包み、ニューヨークライフを謳歌している。ある日、彼女の宿泊するホテルに世間知らずの孤児の女性が宿泊するようになり、2人は意気投合して親友に。物語はこの2人と彼女達が恋する2人の男性を中心に進む。この恋愛劇に横糸に、ホテルの女主人が宿泊している女性を中華街の売春宿に売りつけるという悪事を企んでいる事件が縦糸として物語に絡んでくる。

正直長かったです。インタミをいれて2時間半。この長さを使って、描かれるのがドタバタコメディの恋愛模様ですからね。サスペンス要素を混ぜることでメリハリをつけようとはしているけれど、やはり2時間半はちょっと長すぎるように感じました。決してつまらなくはないんですけどね。ジュリー・アンドリュースといえば、「メリー~」も「サウンド~」も家庭教師という役どころで、どちらかというと、天真爛漫ではあるけれど、堅い役のイメージが強いのですが、この作品ではとにかくオシャレでモダンでハッピーな主人公を思いっきり演じていて、それがかなり新鮮。ミュージカルシーンは、やはり文句なしの素晴らしさなのだけれど、もっともっと彼女が歌う場面を増やして欲しかったですね。

物語のほうも、当時にしてはかなり進歩的な内容。女性の社会進出が始まった時代を描いているのだけれど、主人公が求人活動をする際、ステキな上司のいる会社が第一条件であり、彼女は面接を受ける立場にありながら、「ボスを選ぶのはわたし」と言えるくらいに、女性の雇用が多かった時代を描いているのが印象的。女性達が、オシャレなファッションに身を包み、社会に出て働き、男達を手玉にとって、色々と新しいことを始める様子をミュージカルタッチでとにかく明るく描いた佳作です。あと舞台になっている1920年代を意識したかのように、無声映画時代のように、黒背景に文字が現われて、主人公の心の声を挿入する方式も効果的に使われていました。他に印象的だったのは、時折現われるカメラを意識したような主人公たちの目線。「あらら、失敗しちゃった」みたいな場面で、視聴者に向かって、「エヘッ」って感じで演技をしたりするのも、この映画の空気にとてもあっていて好感でした。あと、場面転換の仕方とかも、割と凝っていて、タイトル通りにモダンでオシャレな映画。60年代、70年代ファッションが見直されている昨今では、この雰囲気は十分有りだと思われるわけで、ブロードウェーでリバイバルされたのも納得。

大作でもないし(長いには長いけれど)、歴史に残る傑作というほどでもなくて、知名度が下がってしまうのは仕方ないのかもしれないけれど、出てくる人々がとにかく楽しそうに演じていて、見ている側もとても幸せな気分になれるミュージカル。もっともっとみんなに知られててもいいんじゃないかなぁと思いました。

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2005年9月12日 (月)

「龍宮」 川上弘美

「龍宮」 川上弘美 文春文庫

今月の新刊です。久々に「うそばなし」全開の川上作品で、「神様」や「蛇を踏む」のファンとしては嬉しい1冊。8つの短編を収めた短編集なのですが、すべての作品に共通するのは異形のものとの交流。自分はかつて蛸だったという男の女遍歴の話や、400年生きている自分のご先祖様に恋をする200歳の女性の話、冷蔵庫に住み着く神様、穴に落ちてくる人間たちを育てながら、人間社会で普通に生活する巨大モグラの話などなど。割と普通っぽい話も、ホームヘルパーの中年女性が93歳の老人(狐っぽい)に恋をして、2人でかつて老人が暮らした廃屋の便所を見に行くとかそういう話ですからね。性欲、食欲、生と死を民話的な不思議ワールドをモチーフにしつつも、かなり日常的にあっさりと描く傑作短編集ではないでしょうか。まぁ、苦手な人は苦手でしょうけど。

個人的には前半よりも後半に収録されてる話がお気に入りでした。とりわけ、モグラさんの話と何百年も生きる人々の恋愛話はかなり面白く読みました。川上作品の良い所は、ありえないような「うそばなし」をすごく当たり前のことのようにあっさりと日常的に描いてしまうところ。あまりにあっけらかんとした開き直り具合が心地よいのです。あと、擬音の使い方などがとても上手。この作者さんの日本語はとても好き。あと読んでいて感じたのは、この方は、男性を主人公にした作品よりも、女性を主人公にした作品の方が圧倒的に面白いということ。男性主人公のお話は、主人公が男だとほのめかされるまで、どちらなのかが分からないことが多い気がしました。

「センセイの鞄」はまさにそうだけれど、この短編集でも、老人に恋する女性のモチーフが多かったですね。川上さんの憧れなんでしょうか。あと、サシ飲みの場面もやっぱり上手でした。

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2005年9月11日 (日)

「ゴットハルト鉄道」 多和田葉子

「ゴットハルト鉄道」 多和田葉子 講談社文藝文庫

300ページにも満たない分量の文庫が千円以上するというぼった○○感が否めない文庫シリーズの1冊。この文庫でしか手に入らないという消費者の足元を見た値段設定が憎いんですけど、散々悩んだ挙句、どうしても読みたかったので買ってしまいました。

作者の方は、ドイツで独語での文学活動をしていて、あちらでシャミッソー賞を受賞したりしている一方で、日本でも芥川賞を受賞しているという作家さん。芥川賞作品は以前読んで、なかなか面白かったので、この作品もどうしても読んでみたくなった次第。

表題作を含む3作品を収録した1冊で、表題作「ゴットハルト鉄道」と「隅田川の皺男」という短編と、「無精卵」という中編が収録されてます。自分で一番面白かったのは表題作の「ゴットハルト鉄道」でした。覆面ライターとして、ドイツのとある鉄道にのった女性が主人公で、旅をしながら、彼女が見聞きしたこと、感じたことを、キラリと輝く独特の文体で描いた作品。ゴットハルトの由来である聖人を想像し、そこを通り抜ける鉄道に乗り込むことで、男性の体内を駆け抜けることを想像する主人公の感性で捉えられた束の間の鉄道旅行は短い作品ながらも、深い余韻を残してくれました。多和田さんの作品はとにかく文体が特徴的で、とても男性作家には書けない様な言葉の選び方がステキな作家さんだと思います。川上さんとはまた違った意味合いでみずみずしい感性を感じます。恐らく海外で文学活動をしているだけに、逆に日本語の使い方が洗練されていらっしゃるのでしょうね。

中編「無精卵」は、ちょいとゆるーい感じで、軽くエグイお話でした。ちょっと苦手。三つ目の皺男も面白いのだけれど、個人的にはもう一歩。でも「ゴットハルト鉄道」が面白かったので、高額を出して正解だったことにしましょう。半額以下にしたらもっと売れる本だと思うんですけどねぇ。

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2005年9月 6日 (火)

映画「80デイズ」

「80デイズ」 2004年 アメリカ

ヴェルヌの小説「80日間世界一周」の映画化です。イギリスの富豪が80日間で世界一周をすることが可能かどうかという賭けに勝つため、全財産を投じて自ら世界一周を実行するというお話。世界各地で様々な風土や文化に出会って、それらに関心しつつも、色々な事件が起こってタイムリミットも迫ってハラハラドキドキというかなり面白い話です。自分は子供のときに児童向けの名作シリーズで読んだだけですけど・・・。

この作品は50年ほど前に一度映画化されてて、そちらはアカデミー賞作品賞を受賞してる傑作映画(メインテーマの曲も誰もが聞いたことある曲だし)。自分はかなり昔に見たのだけれど記憶はうる覚えだったり。さて、そんな名作を簡単にリメイクしても、前作には到底及ばないと判断したのか、ものすごいアレンジが加えられた作品に仕上がっています。

いきなり原作と違うのは主人公が中国人というところ。主演はジャッキー・チェンですからね。そもそも、ジャッキー主演で80日間世界一周を撮ろうというコンセプトに驚きです。原作で、大富豪の付き人の役割になっているフランス人をジャッキーが演じてます。で、彼が中国人なのにもちゃんと理由をつけていて、祖国の村から奪われた翡翠の像を取り返すためにイギリスに来ていたジャッキーが警察に追われつつも、80日間の世界一周の旅に出る発明家(←ここも原作と違う)の付き人になることで、自分の祖国の村まで帰ろうとするストーリーになっています。

もはや原作と同じなのは80日間で世界を一周するという部分だけなのではというくらいの勢いでかなりアレンジされているんですけど、ロンドン、パリ、ドイツ、トルコ、インド、中国、アメリカと各地を舞台にジャッキーがカンフー・アクションを炸裂するというなかなかそれはそれで面白い展開でした。何気にカメオ出演が多くて、某州知事のシュワさんとか、香港映画で多くのジャッキー映画に共演していたサモ・ハンさんとか出てきます。サモ・ハンさんの部分は「酔拳」などのかつてのジャッキー映画のパロディにもなってて、かなり良いです。うちの兄が結構ジャッキー映画のファンだったので、小学、中学生くらいのときは、かなり彼の出演作品を見てただけに、この共演はかなり嬉しかったですね。どうせなら、ユン・ピョウとかも出てくれればよかったのになぁ。

さて、この映画、製作がディズニーということもあって、全体的に子供向けテイストも強いのですが(まぁ、相当お子様向けの作りではあるのですが)、先のサモ・ハンの出演ネタといい、大人向けの笑いも結構沢山用意されてます。シュワさんが、「州知事が云々」と言ったり、「女の部下になるとは男としてなんたることか」みたいに言うイギリス人の背後にビクトリア女王の絵がかかっていたりと、おおよそお子様には理解しがたいジョークも多数でした。物語そのものは、本当に爽快なアクション・コメディに仕上がっていて、もはや「80日間世界一周」なのかどうかは謎なものの、近年まれに見る、家族で思いっきり楽しめる大作映画であるように感じました。メインテーマは勇気・友情・努力・愛といったところでしょうかね。各地でしゃべる言葉全部英語なのではなくて、それぞれちゃんと現地語だったのも好感度高し。

あともう一点、とても気に入ったのが、各地域から地域へと移動する際に出てくるCGアニメ。ディズニー製作なだけあって、このアニメが本当に美しいのですよ。映画館で見たらもっとよかったんだろうなぁと感じさせる完成度でした。この映像も含め、ディズニーとジャッキーが世界中の子供達に夢と希望とワクワク感を届けようとする気持ちで溢れた映画。大人には多少退屈なシーンがあるかもしれないけれど、溢れんばかりの子供達への愛に包まれた名作ではないでしょうか。

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2005年9月 2日 (金)

映画「サンセット大通り」

「サンセット大通り」 1950年 アメリカ

たまには往年の名作も見てみようかなと思い視聴。監督は「麗しのサブリナ」「アパートの鍵貸します」などの巨匠ビリー・ワイルダー。見たことがなかったら、見ないと損をすると言いたいくらいによくできた名作でした。

ハリウッドの夢も破れ、借金取りに追われている売れない脚本家が主人公。物語は彼が大邸宅のプールで溺死しているところから始まり、死体が事件の顛末を語るというスタイルをとる。借金取りに追われる主人公はふと大きな古びた屋敷に迷い込む。そこにはかつてサイレント時代の銀幕のスター女優であった老婆が暮らしていて、彼女は、主人公に、自分を主役に据えた「サロメ」の脚本を仕上げるように依頼するのだが・・・。

もはや皆から忘れ去られている往年のスター女優が30年前の自分を忘れられず、過去の栄光にすがりつく様子を描く映画なのですが、これがまた、無茶苦茶面白い!!!!完全に画面に釘付けの2時間弱でした。白黒映画とはいえ、今の時代になっても全く色あせてない作品で、むしろ、今の映画界ではこういう作品は作られないのかもなぁという種類の作品でした。

この映画、何がすごいかと言うと、過去の栄光にすがる女優を演じているグロリア・スワンソンの演技。メイキングによると、彼女は実際にサイレント時代のスターで、この映画は20年ぶりのオファーだったらしく、それだけに、迫真の演技だったりするわけです。「used to be a star」と言われ、「I am a star」と答える問答など鳥肌もの。さらに、映画の中で、元映画監督で現在は彼女の執事をしているという男が出てくるのだが、この男も実際に映画監督で、スワンソン主演の作品を監督したことがあるとか。さらにさらに、大女優さんが仕事を依頼するかつての仕事仲間の映画監督さんはなんと実名で本人が自身を演じるし、彼女の元に集う往年の銀幕スターたち(映画の中では蝋人形と形容される)はバスター・キートンらが本人の役で出演しているのです。

つまりこの映画、フィクションでありつつも、出演者たちと演じている役柄のオーバーラップっぷりが激しく、それだけに、それぞれが非常にリアルな演技を見せてくれるわけです。とりわけ、ラストシーンの、大女優さんの演技は本当に画面に釘付け。テレビの画面ですらゾゾゾッ鳥肌が立つ怪演なのだけど、これを映画館のスクリーンで見た当時の観客達は、相当のインパクトがあったのではないでしょうか。ここを見るだけでも価値のある2時間で、本当に本当によくできた名作だと思いました。

この映画を見ていて、ブラックジャックの中に似たような話があったなぁと思い、本棚でチェックしたところ、やはりありました。しかも主人公の女優さんの名前はスワンソンさん。手塚氏はこの映画をベースにして書いていたんですね。あと、過去の栄光にすがりつくというつながりでは「永遠のマリア・カラス」も同様のジャンルに入る作品ですよね。こちらもとてもよくできた映画でした。

移り変わりの激しい映画界、一度スターの栄光を手にするとその後の人生は何を求めて生きていけば良いのか。そして、誰もが自分の利益を求めて、八方美人に接するというハリウッド映画界の裏側をするどく描くという点でもとても興味深い作品。映画界全体を敵に回すような内容ともとれるとかで、アカデミー賞を逃したらしいですね(byメイキング←かなり充実してて面白かった。)。ちなみにこの映画、90年代にミュージカル化されてヒットしてます。果たしてどんな感じなのか全く想像がつきませんけど、そちらもちょっと気になるところです。

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2005年9月 1日 (木)

映画「シークレット・ウィンドウ」 

「シークレット・ウィンドウ」 2004年 アメリカ

スティーブン・キング原作、ジョニー・デップ主演のサスペンス映画です。主演の人気も手伝ってか、当たり外れの差が大きいキング原作作品の中でもそこそこヒットしていたのが記憶に新しい映画。

主人公は作家。ある日、彼のところに一人の不気味な男が訪れ、「お前は私の小説を盗作した」と告げられる。主人公はその男が自分で書いたという作品を読んでみてビックリ、ラストこそ違えど確かに、そっくりな内容である。男は、主人公に対して、ラストの部分を自分の書いたものに変えて出版しなおすように執拗に迫るが、男がいつその作品を執筆したのか聞いた主人公は、自分の方が先に作品を発表したことを主張。そして、男の身の回りに不可解なできごとが起こり始め、離婚調停中の妻にもその魔の手が忍び寄るが・・・。

キングの作家主人公ものはファンの女性に監禁される「ミザリー」やペンネームが復讐する「ダークハーフ」など映画化された傑作が多いのですが、これもそんな1篇。盗作疑惑に迫られた主人公が段々と自分を失い、狂気の沙汰に陥っていく状況を描きます。盗作問題に関するオチは割と想像しやすいのですが、この作品はむしろ、追い詰められた主人公が狂気に陥るほうがメインの作品。自分は原作も読んでいるんですけど、原作がかなり主人公の内面を描いて、その狂気を浮かび上がらせていたのに対して、こちらの映画はかなり淡々とストーリーを追っていくだけの印象です。ストーリーは実はラストが原作と全然違うのですが、それ以外は、ほぼ完璧に原作を追っていました。決してつまらなくはないのだけれど、ちょっとまだるっこい感じの演出だったかもしれません。ストーリーとしては、ラストでオチが明らかになるんですけど、そこからがハラハラドキドキ。これまでと物語の見方がガラリと変わってしまうのはなかなか面白いですねー。

この映画、一言で言ってしまえば、ジョニー・デップのプロモみたいな感じなのです。終始、彼が中心に画面が構成されているので、デップファンにはたまらない作品かもしれません。しかし、その彼が今ひとつ物足りないのです。キングの描く狂気は「シャイニング」のジャック・ニコルソンや、「ミザリー」のキャシー・ベイツなどの怪演が記憶にあるし、こうした映画はその見事な演技のためにかなりの傑作になっていると思います。しかし、この映画では、デップ氏の演技がもう一息なのです。公開年からして「パイレーツ・オブ・カリビアン」や「ネバーランド」とそう変わらない時期に作られた映画かと思うのですが、この2作品で見られた彼の天才的な演技がここでは感じることができませんでした。これが非常にもったいないのです。前半の雰囲気の作り方はとても良いんですけどね。全編彼の一人芝居に近い映画なので、もっともっと壊れて欲しかったなぁ。「パイレーツ~」であれだけできたんですから、もっとはじけられたはずと思ってしまうのが映画ファンです。。

さらに言うとですね、「作品のラストは変えてはならない」みたいな台詞を何度も繰り返し出すし、「このラストこそがふさわしい」みたいな台詞を最後に登場させているにも関わらず、この映画では、原作のラストを180度変えてしまってるんですね。ある意味、原作者への挑戦状のようにも感じられる映画でした。個人的には、ラストのオチが2重になっている原作のほうが面白いとは思うんですけどねぇ。あと、原作のほうが色々と説明が細かくて、この映画だけでは、理解しきれないような場面がチラホラあったのも確か。映画を見てから原作を読むと相当理解が深まってオススメです。余談ですが、この原作は「ランゴリアーズ」(文春文庫)という本に収録されているんですけど、同時収録されている「ランゴリアーズ」という作品は相当面白いです。かなりオススメ。

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