「西日の町」 湯本香樹実
「西日の町」 湯本香樹実 文春文庫
この作者さんの本は3冊目ですが、過去2冊は、「夏の庭」を中学のときに、「ポプラの秋」を高校のときに読んだというものなの。文庫の3冊目が出るのに8年も待ったことになります。今回、改めて読んでみて、湯本作品の奥深さを再認識しました。ただの児童文学という枠には収まらない何かがある作品です。そもそも芥川賞候補に挙がってる時点で、「児童文学」というカテゴリー(このわけかた自体無意味ですけど・・・)を逸脱していることは明らかですが。このときの芥川賞は「パークライフ」(吉田修一)がとったみたいですね。「パークライフ」は極めて「現代」という時代を強く意識する作品だけれど(そういう意味で最近の芥川賞の傾向にぴったし)、「西日の町」は時代に関係なく人の心をつかむ何かを持っている作品ではないでしょうか(そういう意味で芥川賞を逃したのは残念!)。
大学教授をしている男性が少年時代を回顧する形式で書かれた物語。離婚した母とともに、各地を転々とし、北九州のK(多分小倉)という町に落ち着いた小学生の「僕」のところに、ある日突然、「てこじい」と呼ばれる祖父が転がり込んでくる。母は長い間、好き放題して生きてきた祖父のことを憎んできたのだけれど・・・。少年の目を通して描かれる、母と祖父との愛憎入り混じる人間劇を軸に、少年が祖父と過ごした最初で最後の日々をあざやかに描く秀作。
湯本さんの作品は、過去の2冊も、子供と老人との交流を描いていたと記憶しています。しかし、この物語の場合、本当に描きたいのは恐らく、母と祖父との親子関係。これまですれ違いながら生きてきた大人と大人の親子が互いに向かい合う様を、作者が得意とする「少年と老人」という設定のオブラートにくるんで見事に描いているとかんじました。おそらく、傍から見れば決して「幸せな家族」ではない一家なのですが、愛憎を超えた何かのつながりを持つ「家族」というものを感じさせてくれる作品でした。あと、西日の町というタイトル通りに、思い出話とは言っても、セピア色ではなくて、夕日に照らされた町の風景が頭に浮かぶような作品。
でもこの作品のもつ本当のよさを知るには自分はまだ若いんだろうなぁ。もっと渋く年をとってからじっくりと読み返してみたい作品です。
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