「リレキショ」中村航
「リレキショ」 中村航 河出文庫
これまで3作品が出版されていて、この作品で文藝賞をとってデビューし、その後の2作品がいずれも芥川候補になった作者さんです。前々から気になっていたので、文庫化に合わせて購入。
主人公の少年が、とある女性に「拾われ」てきて(ドラマ「キミはペット」みたいな感じだね)、彼女の弟として「半沢良」という名を与えられて一緒に暮らし始めるところから物語はスタート。彼は架空の履歴書を書いて、深夜のガソリンスタンドでバイトを始めるのだけれど、ある日のバイト中、一人の少女が彼に手紙を渡したことで、少年と少女との不思議な関係が始まるという物語。
この小説の特徴はとにかく説明がないこと。主人公の少年がどのような経緯で「姉」に拾われて同居することになったのかという描写は一切なく、普通ならばありあえないようなこの状況を読者は否が応でも受け入れなければいけない。さらに、それ以前に主人公の少年がどこで何をしていたのかということも全く描かれない。読者は、彼が見知らぬ女性の「弟」という新しい生活を手に入れて、自分で書いた「リレキショ」に書かれた作り物の人生を歩み始めた「半沢良」という少年であること以外は何も分からないのです。
この小説の上手いところはまさにここだと思います。見知らぬ女性の「弟」になるという突拍子もない設定を詳しく描いてしまうと、一気に物語全体が「ありえないですから!」という空気になってしまいかねないのを、巧妙に隠していくことで、読者の想像にゆだねて、この不思議な設定をすんなりと受けいれさせることに成功していると感じました。さらに言いますと、説明不足、描写不足はこの作品全体に見られる特徴なのですが、それが、作品の持つ空気によく合っているのが不思議なのです。というわけで、途中、一部、主人公の過去に関して少しだけ触れられる場面があるのですが、個人的にはこの部分は全く不要だと感じました。これは過去も不明だし、未来もどうなるか分からないけれど、ただ「今」を一生懸命生きる若者達を描いた作品だと思います。どの登場人物たちも皆「孤独」なのだけれど、たとえ表面的な付き合いとはいえ、互いにその孤独をいやしているように感じました。まさに「万有引力とは引き合う孤独の力」(「二十億光年の孤独」谷川俊太郎)です。ちなみに映画「チョコレート」の感想もこれと全く同じ引用をした記憶がありますが、両者は全く毛色の違う作品です。
うん、他の作品も読んでみたい作者さんですね。こういう作品を受け入れられる若さがあってよかった♪
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