「ほんものの魔法使」 ポール・ギャリコ
「ほんものの魔法使」 ポール・ギャリコ ちくま文庫
とても良かったです。ギャリコ作品は「雪のひとひら」や「スノーグース」、「ジェイン」などを10年ほどまえに読んで以来。今回の本はとても面白くて、前に読んだのを読み返そうかなと思うくらいでした。
物語の舞台は世界中のマジシャン達が集まる都市、マジェイア。そこでは手品師たちが、名誉ある魔術師名匠組合への加入をかけて、その技術を競い合うコンテストが開かれている。主人公は、魔術師が集まる町という噂を聞いて、遠くからやってきた1人の男アダム。「あなたは何ができるのですか?」と問われて彼は、一番簡単なつまらないことしかできないけれど、と言いながら、何もないところから様々なものを取り出したりしてみせる。やがて、コンテストが行われるのだが、街では、アダムの行う魔術のタネをめぐって人々は大騒ぎ。しかし主人公であるアダム本人は、これが「魔術大会」であることを信じて疑っていないのである。そう、彼は本物の魔法使い。果てさて、アダムの引き起こした混乱の行く末は?彼が連れる言葉を喋る犬(彼にしか聞こえない)、アダムの助手を務めることになるマジェイア市長の娘など魅力的な登場人物を交えて描かれる傑作ファンタジーです。
手品師の世界はあくまで虚構の世界、エンターテイメントの世界であって、そこに突如として本当にタネも仕掛けもない魔法を使う者が登場することによって、街中が大混乱になるという物語で、後半にいたっては、ちょっとした魔女裁判的な雰囲気まで登場し、「本物」であることは、逆に恐怖の対象になってしまうという部分など、色々と興味深い内容が盛りだくさんでした。また、人々が混乱している一方で、いつでも余裕の主人公がまた面白く、彼にとっては、タネがあるかどうかということはまるで問題になっていなくて、単に「魔術」を見せることだけが目的になっているんですね。「ホンモノ」であるが故にニセモノの気持ちが分からないとでも言いましょうか。ここでは手品と魔法で描かれているいるけれど、「にせもの」と「ほんもの」という対比でいけば、世の中の様々なものに当てはめて考えることのできる奥深さを持った作品ではないでしょうか。
物語の中盤、助手をすることになった少女が、アダムに魔術のタネを教えて欲しいと頼む場面があるのですが、そこで、彼が答える内容が、多少教訓じみてはいるのだけれど、ハッとさせるような言葉で、とても印象に残りました。これは是非、読んで感じてもらいたい言葉なので、あえてそれをここで引用することはしません。物語のラスト、少女が彼の言った言葉の意味を悟る場面も、とても秀逸で、なんともいえないステキな読後感でした。そしてそして、彼の言葉どおりであれば、(この後の数行、ネタバレのため反転させてください)マジェイアで起こったこのできごとを頭の中で様々な想像をめぐらせて読んでいた我々読者もまた、素晴らしい魔法使いに他ならないのだよと作者が優しく語りかけてくるような気がしてきて、心に深く残る作品でした。
出てくるキャラクターたちがとてもイキイキとしているし、割と深い内容も盛り込みつつ、純粋にストーリーも面白い作品で、助手の少女と同じくらいの小学校高学年くらいの子供たちに読んでもらいたいような1冊です。そして、数多くの良質な児童文学の例に違わず、この作品もまた、大人が読んでこそ見出される深さを持ち合わせた良作。子供のための物語だとは思うけれど、むしろ大人が読んだ方が忘れかけていた何かを見出せるようなそんな作品です。
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