映画「やさしくキスをして」
「やさしくキスをして」 2005年 イギリス
イギリスの巨匠ケン・ローチがはじめて挑んだラブストーリー。彼の作品を見るのは「ケス」、「カルラの歌」、「SWEET SIXTEEN」についで4作目。どれもこれでもかというくらいに素晴らしいので、地味に全作品制覇していきたいと思います。
パキスタン移民の息子カシムは妹が通うカトリック系の学校の音楽教師ロシーンと恋に落ちる。しかし、カシムには未だ会ったことのないパキスタン人の婚約者がいて、両親は、イスラム教徒以外との結婚を許そうとしない。一方で、ロシーンも、異教徒と付き合うことで、カトリック系の学校での教師を続けることに困難を強いられるように。宗教、民族、文化を超えて惹かれあう2人をスコットランドはグラスゴーを舞台に描く傑作。
イギリスのパキスタン系移民の映画といえば新しいところだと傑作「ぼくの国、パパの国」が記憶に新しく、ちょっと古いところでも「マイ・ビューティフル・ランドレット」などの作品が有名。また同じアジア系移民の家族の似たような葛藤を描く作品として、インド系の家族を描く「ベッカムに恋して」なんかも思い返されます。これらの作品を見ていると、この作品の背景となるイギリスのアジア系移民の問題が多少は見えてくるので、作品の理解も深まるのではないかと思いますが、恐らく、そうでなくとも、単体で見て、かなり面白い映画になっていると思います。さすがはケン・ローチ!
ケン・ローチの作品といえば、社会的な弱者を描いて、彼らが、幸せを求めるあまりに、さらなる深みにはまっていってしまうやるせなさを描くことにかけては一流であると思っているのですが、この作品では、主人公達が宗教を超えて愛を求めた結果として、自らの不幸だけではなく、周囲にいる人全てに崩壊をもたらしてしまうという状況が描かれていて、変にハッピーエンドな終わり方でもなく、とてもリアルに描かれた展開が非常に面白い作品でした。これがアメリカ映画になると「ビッグ・ファット・ウェディング」のようなハッピー映画になってしまうのだけれど、ここは社会派監督の腕の見せ所ですね。それでいて、全体のトーンが暗くないのがこれまでのローチ作品と比べてとても印象的でした。やはり愛の物語はやさしい光であふれた映像が似合います。
「家」という概念は、日本でも多少は強く残っているけれど、この映画や、上記の作品などで描かれる移民のコミュニティではかなり根強い問題になっているようです。異国の地にやってきて、みなで協力してやってきた第1世代の親たちにとってみれば、パキスタン人のコミュニティ全体が苦楽をともにしてきた一つの大きな家族のようなものであるのも納得いきます。恐らく彼らは白人たちからの激しい差別とも闘ってきたはずでで、その中で自分たちのアイデンティティを保とうとし、敵であった白人達との結婚を許さないというのは理解できることです。しかし、一方でイギリスで生まれ育った第2世代の若者達にとってみれば、自分達はイギリス人であるという意識が強く、親世代との認識のズレが出てきてしまうのは当然のこと。これはイギリスだけではなくて、例えば、アメリカにおいても「ジョイ・ラック・クラブ」などで描かれているように、移民の多い国ではどこでも見られる現象だと思います。子供たちも決して親とその祖国を憎んでいるわけではなく、自分達のアイデンティティを理解して欲しいという思いは親のそれと同じものですよね。周囲の崩壊を招いてまで自分達の愛をつらぬくのか、はたまた、自分のコミュニティを守るのか、とても難しい問題です。やや帰国子女なところがある自分なので、こういうアイデンティティがかかわる問題は割りと見過ごせません。
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コメント
TBありがとう。
日本では、このような桎梏は、ちょっと想像できませんね。
昔は階級差がありました。そして、次に、近代における「差別」の問題が、登場してきますね。部落とか、公害体験者とか、被爆者とか。あとは、朝鮮人問題でしょう。日本では。
このあたりは「パッチギ」の感覚が近いと思われます。
70年代前半に、関西で、僕も暮らしてたので、よくわかります。
投稿: kimion20002000 | 2006年4月29日 (土) 02時03分
コメントありがとうございます。
「アイデンティティ」という概念自体が日本語に翻訳できないことからも
日本の状況がうかがえるように思います。
「パッチギ」は未見ですが、機会があれな見てみようと思います。
投稿: ANDRE | 2006年4月29日 (土) 23時25分