« 2006年6月 | トップページ | 2006年8月 »

2006年7月

2006年7月31日 (月)

06年6月、7月に聞いたCD

CD店でバイトしてたときは、情報も多くて、色々聞けてたんですけど、すっかり、遠ざかってしまった感じです。ほとんど、新作チェックできてません・・・。

①Naturally 7 「Ready Ⅱ Fly」

相変わらず、耳を疑うほどの超絶技巧アカペラを聞かせてくれる新作。しかし、第1作目のインパクトはなかなか越えられませんね。曲もコテコテのR&Bが多くて、このギター音まで!?というような驚きがあまりなかったのもちょっと残念。彼らの場合、もはや、アカペラであるということを意識できないほどのアカペラなので、あとは、曲で勝負することになるんですけど、そうなると、ちょっと弱いかなぁと思います。Take6や、Boyz Ⅱ Menのほうが曲は良いんですよね。

ちなみに、彼らの第1作目「What Is It?」はアカペラというものの概念を根底から覆される傑作中の傑作。「アカペラって言ってるけど、楽器とかシンセとか使ってるじゃん!」なんて思ってたら、「このCDには楽器は一切使われておりません」のような注意書きがついているのだから本当に驚きです。

②Thom Yorke 「The Eraser」

何故ソロなのかという疑問はありつつも、全体的にこじまんりとした曲が多いので、なるほど、これは、バンド向きではないのだなぁと納得です。RHと比べると格段にポップで聞きやすい印象ですね。全体を通して、似たようなトーンで淡々と単調に展開していくんですけど、それが妙にハマってしまって、その音の世界に浸ってしまうような1枚でした。ヘッドホンで聞くのと、デッキで聞くのとで大分印象が違いますね。断然ヘッドホンで聞きたい音でした。

8月はちょっと期待してるUK新バンドのデビュー盤を楽しみにしています。ネットで試聴した感じではツボにストライクだったので。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月26日 (水)

映画「博士の愛した数式」

「博士の愛した数式」 2006年 日本

原作も読んでいるし、映画化したときも、予告の雰囲気なんかから、割と良い感じで映画化してそうだったので、ずっと見たかった作品。というわけでレンタル開始したので早速見てみました。

主なストーリーは小説と一緒。交通事故にあって、80分しか記憶が続かなくなってしまった数学者のもとに、主人公が新しい家政婦として通うことになる。彼女は、彼を博士と呼び、様々な数の不思議な話を博士から聞き、その魅力にみせられるようになる。やがて、彼女の1人息子ルートも博士の家に来るようになり、3人で暖かな日々を送るようになるという物語。映画のオリジナル要素としては、全体が「大人になって数学教師となったルートが、1回目の授業に生徒達に、博士との思い出を話して聞かせるという設定になった点。

小説では色々な数学の話が数式とともに紹介されて、説明が入っていたりして、映画ではそのあたりをどのように処理するのかと思っていたら、ルートの授業というオリジナルの設定を持ち込むことで、見事にそれを成し遂げていて、なかなか面白いなぁと思いました。

博士の記憶の設定がちょっとあやふやだったりするのは原作でも感じた部分で、こうして映像化されると、途中から、博士の記憶が80分などという設定はどこかへ行ってしまったのではないかというくらいに、この設定が生かされてないのが如実に出てしまったのがちょっと残念。「記憶もの」としては、「50回目のファーストキス」が意外にも名作だったのが記憶に新しいので、ついつい比べてしまったのも良くなかったかも。

深津さん、寺尾さん、浅丘さん、吉岡さんと出演者たちの演技は皆とても自然で作品の空気にぴったりで、映像や音楽もとても雰囲気が良かったので、原作のイメージを崩すことなく映画化することに成功した稀な例だとは思うのだけれど、カットされてしまった野球カードのエピソードなんかは原作では割とメインだったような気がするだけに、ストーリー的に物足りない点のある映画化でした。この映画では割と浅丘さん演じる義姉の部分を強く描いてはいましたが、個人的には、ルートとの交流にもっと重点を置いて欲しかったですね。

あと、この映画、割とメッセージが強く前面に出されちゃってたのもちょっと興ざめでした。

原作と比べるとどうしても色々と出てきてしまいますが、映画化としては、暖かな雰囲気がとても心地よい作品で結構好きな作品です。これは恐らくキャスティングの勝利。この作品、国境を越えても十分に再現できる原作だと思うので、是非ヨーロッパでリメイクしていただきたいのですが、どうでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年7月21日 (金)

映画「ユナイテッド93」

「ユナイテッド93」 2006年 アメリカ

試写会に行って来ました。

誰の記憶にも新しい911テロを描く映画です。ハイジャックされた飛行機の中で唯一、標的であるワシントンに到達する前に墜落してしまったユナイテッド航空93便の機内で起こったできごとを描く作品。

2001年9月11日、いつもと変わらないニュー・アーク空港。ユナイテッド航空93便は朝の離陸ラッシュで、離陸時間を遅らせつつも、いつも通りに飛行を開始した。同じ頃、管制塔では、アメリカン航空11便の様子がおかしいことが問題となり、ハイジャックされたのではないかという疑いが浮上する。各地の管制センターや連邦航空局では、11便をめぐってちょっとした混乱状態に、そして、11便がレーダーから姿を消してからしばらくして、ニューヨークのビルに航空機が突撃したというニュースが飛び込んでくる。その後も、ハイジャックの疑いがある機体が複数現れ、事態は最悪の方向へと展開。やがて、平穏に飛んでいた93便でも悪夢の幕が上がる。

ジャックされた機内で乗客たちがシートに備え付けの機内電話や携帯を用いて、家族に連絡を取り、機内の様子を実況したり、家族に別れを告げたという事実があり、この映画は遺族達の証言を元に、そのときの機内の様子を再現しようと試みた作品。生存者ゼロという大惨事なので、実際のことは分からないのだけれど、恐らくこれに極めて近いことが起こったのだろうなという十分すぎるほどの説得力を持った再現映像でした。携帯などを用いて、生存者のいない事件の背景がうっすらとでも見えてくるのは、21世紀に起こった事件ならではだなぁと思いました。

前半は各地管制センターの人々がハイジャックにてんやわんやし、WTCビルの悲劇が起こるまでを、ドキュメンタリータッチで描いていました。実際に当時、管制にあたった当事者のかたが出演されているということで、この部分のリアリティは本当にドキュメンタリーを見ているようでした。そもそもハイジャック自体に動揺し、予想を超える事態の展開にただひたすら慌て、動揺し、どう見ても適切な処置を下したとは思えない状況は、危機管理体制の悪さを厳しく指摘するとともに、実際に予期せぬ事態に遭遇し、まさに手探り状態で何が起こっているのかを必死になって探ろうとする人々の姿はとてもリアルで、この事件が本当に起こったものであることを強く痛感させるには十分すぎるほどの説得力がありました。

後半は、一転、93便の機内を描くのですが、ここからはラストまでまさに息つく間もない怒涛の展開。そのときの機内でこのようなことが起きていたらしいことは全く知らなかったので、見ながら人々のとった行動に驚くとともに、その最期を知っているだけに、切なくなりました。ラスト、もう少しでという悔しさとやるせなさを感じさせつつも、結局は彼らが最悪の事態を回避したヒーローであったかのような描き方(実際にこういう見解が多数派らしい)で、このテロ事件を映画化する第1弾にあたっては、なるほど、映画化しやすい題材なのかもなぁと妙に納得してしまいました。

この映画は、911を描くにあたって、「人間」というものを限りなく丁寧に描いたのが成功だったと思います。特に、ハイジャック犯たちを悪役として描くのではなく、その信仰の厚さや犯行の際の落ち着きが無さなどをしっかりと捉えていたのがとても印象的でした。

危機管理体制の悪さや、ヒーロー的な人々の描き方などを弱冠強調していた感は否めないですが、911の恐怖、この事件を我々は決して忘れてはならないと言うことを強く訴えかけてくるなかなかの大作だったように思います。観る前は、試写会でタダで見られるから見るけど・・・というような感じで、アメリカンなヒューマニズムに溢れた作品だと思い全く期待してなかったんですけど、良い方向に期待が裏切られました。全編を通して人間の無力さを突きつけられる、そんな作品でした。

ちなみに、あまりのリアリティに見ている間中、ずっと緊張の連続で、さらには、見終わった後の余韻も決して良くは無いので、皆さん、一刻も早く外に出て、気分転換したいと思ったのでしょう。上映終了後、9割以上の人々が出口に殺到して、場内満席だったのにエンドロール終了後は数名しか残っていない映画というのも珍しいなぁと思いました。映画館のシートが微妙に飛行機のシートを連想させたのも大きな要因でしょうね。

| | コメント (6) | トラックバック (3)

2006年7月20日 (木)

映画「ミリオンズ」

「ミリオンズ」 2005年 イギリス

「トレイン・スポッティング」(←この映画も中毒性が高いよね。かなり好きです。)の監督ダニー・ボイル氏の最新作は、なんとビックリの子供向けファンタジーでした。しかしそれでもキラリと光る抜群のセンスは健在で、映像的満足度の高い、とても楽しめる映画でした。

母親を亡くしたダミアン少年が、兄と父とともに新しい町に引っ越してくるところから物語ははじまる。ダミアンは信仰心の厚い聖人マニアというちょっと変わった少年で、空想の世界(?)で様々な聖人と会話をするような男の子。ある日、線路脇にダンボールで作った秘密基地で遊んでいた彼のもとに、どこからか、大金の詰まったボストンバッグが降ってくる。そのことを伝えると兄はそれを2人だけの秘密にして、2人で使おうと提案。物欲に走る兄とはうらはらに、ダミアンは身近な貧しい人たちにそのお金を配って歩いた。しかし、時はイギリスがポンド通貨からユーロに切り替えをしようとしている時期で、その大量のお札はユーロに両替しなければあと数日でつかえなくなってしまうことが発覚。子供だけでは、銀行での両替をすることもできず、どうしようかと迷う2人の前に、ボストンバッグに入った金を探す1人の男が現れる。はてさて、大量のポンド紙幣の行方やいかに・・・。というお話。

冒頭のシーンからとにかく凝った映像が続いて、CMのような感じのカラフルでポップでスタイリッシュな演出の数々は、途中、ちょっとお腹いっぱいになるのも事実なんですけど、流石はダニー・ボイルといったところでしょうか、映像を見ているだけでワクワクするような映画でした。また、音楽のセンスも抜群で、ミューズやクラッシュなどが効果的に使われていて、映像と音楽だけでもかなり満足度の高い作品でした。エンディングにいたっては、普通に耳に馴染んだ音楽が流れはじめたと思ったら、FEEDERがエンディング・テーマで、UK音楽好きとしては最後まで大満足でした。

突然の大金を手に入れたらあなたはどうするのかという疑問を問うてくるこの映画、監督自身が自分の子供に見せたい映画を作ったということで、いつものようなバイオレンスやドラッグが登場することもなく、とても健全な展開のストーリーでした。しかし、様々な登場人物を効果的に使うことで、様々な「お金の使い方」を提案してくる見せ方はとても上手いし、こういう話なのに、説教じみたところがないのも好感。主人公が主人公なだけに、ラストは真面目すぎる模範的な終わりかたになってしまったけれど、主人公とは対照的に物欲に走る兄の描き方も決して悪くはなくて、このラストでも不満を感じさせませんでした。この辺はちょっと納得いかない人もいそうですけど。

イギリスがポンド⇒ユーロという設定そのものが既にファンタジーなんですが、ストーリーも現代の御伽噺といった感じだし、上述の演出の素晴らしさもファンタジー要素を盛り立てていて、ダニー・ボイルの今後の動向がますます楽しみになるような1作でした。

ここ数年、ヨーロッパの子供主人公映画のクオリティの高さは一体何なのだ!?という思いをまた強くさせてくれる良い映画でした。

| | コメント (6) | トラックバック (4)

2006年7月19日 (水)

ディズニー・アート展

ディズニー・アート展@東京都現代美術館

こんばんは、実はディズニー大好きなANDREです。WDWに行ったことがあるくらいです。

先日のピクサー展に続いて、夏休みのちびっ子さんたちが群がる前にササッと平日の午前に見に行って来ました。非常に満足度の高い展示で、夏休みがあけた9月頃にもう1回行ってもよいかなと思わせるほど。

ことの発端は昨年、千葉大で発見された250点ほどの大量の資料。どうやらこれは40年以上前に開催されたディズニー展の際に日本に持ち込まれ、ディズニー氏が日本に寄贈したものが、ひっそりと眠っていたとのこと。当時、「眠れる森の美女」が公開される時期で、この作品をメインに据えた展覧会だったとのこと。で、今回は、千葉大で発見された資料に加えて、当時の展覧会を補うような「眠れる森の美女」を中心にした初期の長編作品の資料を大量にアメリカから持ってきて、約550点もの展示で見せる一大企画となっていました。しかも、今回アメリカからやってきた資料は、本国であっても滅多にD社の外に出ることの無い貴重なものばかりで、恐らくこれが日本で見られるのは今回が最初で最後ではないかと思います。

「眠れる森の美女」、「シンデレラ」、「わんわん物語」、「アリス」、「ファンタジア」など今回メインになっている長編作はほとんど見ているので、どの展示も本当に興味深いものばかり。とりわけ、メインにすえられている「眠れる森の美女」は芸術性の高い作品を作ろうというコンセプトで作られているらしいので、一つ一つの資料が本当に美しくて、見ているだけでまた映画を見たくなってしまいました。そもそも、ディズニーのこういう資料は、アニメがどうのこうのという以前に一つの芸術作品としての価値もかなり高そうな素晴らしいできのものが多いので、コンセプトアートやストーリーボードを並べるだけでもこのように1つの展覧会が開催できてしまうのは流石です。見に来ている人の中には、相方に連れられて、仕方なくついてきたような感じの人もいましたが、そういう人たちも、食い入るようにじっくりと見ている展示も多数あって、見に来ている人たちが皆さん丁寧に一つ一つを興味深く見ていたのもとても印象的でした。

数ある展示の中でも自分はメアリー・ブレアという女性が描いた資料の数々がとても気に入りました。彼女のことは、何かのDVDの特典で特集されているのを見たことがあって以前から気になっていたんですけど、その独創的なタッチのイラストは本当に必見です!残念ながら、個性の強すぎる彼女のタッチはアニメに生かされることはなかったんですけど、その後独立して絵本作家として活躍していた彼女を再び招いて、ディズニー氏が作ったのが、ランドのアトラクションのスモールワールド。あのアトラクションの独特のキャラや色のタッチと同じ雰囲気で描かれたピーターパンやアリスのイメージイラストは本当に良かったです。

あと、D社には、9人の伝説的なアニメーターがいたそうですが、一人一人の作品を紹介するコーナーもあって、その中にあったマーク・デイビスという人が担当した作品も必見でした!とりわけティンカー・ベルの鉛筆スケッチの今にも飛び出してきそうな素晴らしさはため息ものです。ほかの展示でも、あぁ、この絵いいなぁと思って、見てみるとデイビス氏が描いたと記されているものが多数あったので、自分は彼の絵がかなり好きみたいです。

あと、「ファンタジア」のミッキーによる「魔法使いの弟子」のストリーボードが展示されているスペースがあって、そこも圧巻でした。前のピクサー展でも思ったけど、ストリーボードって、単にストーリーを説明するだけに作るにしては、絵などの完成度が高すぎですよね。こういうところのクオリティの高さまで抜かりないところが本当にすごいと思います。

マニアックなところでは「シリー・シンフォニー」の花と木の原画も嬉しい展示。帰宅後、DVDで「シリー・シンフォニー」を見直さなくては!などと思っていたのですが、会場内で、大画面で「花と木」を上映していました。上映スペースは2つあって、手前にある「花と木」はそれなりに人が入っていたのに、奥にある「骸骨の踊り」は1人も人がいませんでした・・・。記念すべき第1作目を大画面上映してくれるなんてなんとも粋な企画なのにもったいないです!!一見地味だけど、これ1929年の作品ですから!

この展覧会を見て、改めて、手書きのイラストの美しさを実感。固定した背景画を使ってアニメを作るなんてことは今は絶対にしないんだろうけど、実写ばりにカメラを動かして背景を移動させる撮影技術はホントにすごいと思うし、あの絵画的な美しさは絶対にCGでは再現できないものです。D社もなんとかリトルとかなんとかを探せとか作ってないで早いとこ手書きアニメの世界に戻ってきてもらいたいものです。

ところで、この展覧会、何気にお土産コーナーもかなり充実していました。オリジナル商品のクオリティの高さはさすが商魂たくましいD社です。その中で、DVDが売られていたんですけど、ひっそりと掘り出し物がありました。「眠れる森の美女」の3年前に出た初回限定の2枚組が複数あったんですね。これ某巨大ネット通販でも在庫ナシだし、一般の店で売ってるのなんか今はほとんど見ないので、実はかなりのレアDVDです。ちょっとビックリでした。

今度は、90年代の作品群でこういう展示会やってくれないかなぁと切望します。そしたら何があっても絶対に飛んでいきます。今回の展覧会、行かれるかたは、予備知識ナシでも十分楽しめる内容だと思いますけど、余裕があれば「眠れる~」を見てから、さらに余裕があれば、上記の作品をいくつか見てからいくと、面白さは抜群にアップすると思いますよ。

* * *

追記

9月3日、2度目、行って来ました。↓
http://andrekun.cocolog-nifty.com/andres_review/2006/09/destino_bf8b.html

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年7月18日 (火)

映画「ディア・ウェンディ」

「ディア・ウェンディ」 2005年 デンマーク・仏・独・伊

劇場公開時から気になっていた作品で、観にいきたいと思っているうちに公開が終了してしまい、最近、レンタル開始になったので早速見てみました。脚本は「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のラース・フォン・トリアー、主演は「リトル・ダンサー」のダンス少年ジェイミー・ベル。

舞台はアメリカのとある炭鉱の町。主人公の少年ディックは他の子供達同様に父親から工夫になることを望まれるが、自分には不向きな仕事にすぐに嫌気がさし、町の商店で働くようになる。そんなある日、ディックはかつて町の玩具店で購入した中古のおもちゃの銃が実は本物の銃であることを知る。やがてディックは同じ商店で働くスティーヴィーとともに銃の魅力にとりつかれるように。そして彼らは同じく炭鉱の町に馴染めずにいる玩具店の娘スーザン、足の不自由なフレディと苛められている弟フレディにも声をかけ、それぞれが自分の銃を持ち「ダンディーズ」という秘密結社を作る。彼らは自分の銃に名前を与え、その銃を自分たちの相棒として大切に扱い、平和主義を理念に掲げて、決して人を撃つのではなく、精神的なよりどころとして崇拝するようになっていく。ある日、1人のメンバーがこの会に加わり、そして、それが悲劇の幕開けとなるという物語。

非常に面白かったです。淡々としているようで、なぜか引き込まれてしまうメリハリの利いた展開とスタイリッシュな映像で最後まで一気に見ることができました。終盤、突如訪れる、衝撃的な事件が本当に衝撃的で、予想だにしていなかっただけに、ポカーンとしたまま、一気に最後のクライマックスを迎えるような感じでした。中盤までは、少年達の精神的な部分を丁寧に描いていくんですけど、クライマックスは目を覆いたくなるようなシーンの連続で、ラストに至ってはこの上なく切なく哀しい作品でした。しかし、恐らくハッピーエンドという、まさに「ダンサー・イン・ザ・ダーク」なラスト。そして、全ての物語が小さな空間だけで展開されるし、起こる出来事もありえないようなことが多くて、完全にファンタジーなのだけれど、妙に重いテーマをぶつけてくるところも「ダンサー・イン・ザ・ダーク」と同じ。

平和主義を掲げ、武器を手にすることで、精神的に強くなっていく少年たちの危うさがとてもよく描かれていて、ラスト、自分達の動かした歯車にのまれてしまい、破滅を迎えていてく少年達の姿に、武器を手にすることの恐ろしさ、果ては、「平和」という目的のために武力行使に至る現代社会までを重ねる力作でした。特に、ラストの警官達の姿は見ていて背筋がぞっとする怖さを感じさせるあたりに、製作者たちの反アメリカ精神を強く感じました。しかも、そのようなシーンに至ってもなお、スタイリッシュな漫画的な映像演出を多用してくる部分がとても皮肉的。

アメリカの炭鉱の町の物語といえば、真っ先に思い浮かぶのは「遠い空の向こうに」。この作品も炭鉱の町に馴染めない若者達が主人公でしたが、似た題材を持ってきてここまで違う物語が作れるのかというのも面白いところ。しかも、被ってるキャストがいるのもちょっと面白い。

ちなみに、劇中でゾンビーズの曲がたくさん使われているのですが、それがまた、とても映像とマッチしていて、ゾンビーズが聞きたくなりました。題材の重さとは裏腹に全体にわたってセンスの良い映画です。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006年7月17日 (月)

映画「プライドと偏見」

「プライドと偏見」 2005年 イギリス

映画化の話を聞いたときから、気になって仕方なかった作品です。何を隠そう、原作小説も読み、BBCのドラマ版「高慢と偏見」にいたってはDVDまで持っていますからね。あれだけの大作を2時間ほどにまとめることができるのかどうか期待と不安を入り混じらせながら見てみました。

舞台は18世紀イングランド。男子のいないベネット家は父の死後、財産を遠縁の男性に継がれてしまうので、母親は5人の娘達をよいところへ結婚させようと躍起になっていた。そんな折、近所に大富豪ビングリー氏が引っ越してきて、舞踏会が開かれることに。出会いのチャンスに沸き立つベネット家の女性達は舞踏会会場へ赴いて、必死のアピールを試みる。そして、その会場で、ビングリー氏の親友である大富豪ダーシー氏と出会うことに。ベネット家の次女エリザベスを主人公に、そのあまりの高慢さに印象最悪だったダーシー氏と彼女との関係を描いていく。タイトルの通り、登場人物たちの様々な偏見や、プライドが入り混じった緻密な人間模様を描くラブストーリー。

やっぱりというか、なんというか、はっきり言ってしまえば、ダイジェストを見ているような感じでした。500ページ以上ある原作や5時間以上あるドラマ版を先に見てしまっているのも大きな原因だとは思いますが、2時間しかないのに、割と原作の多くを盛り込もうとしていて、結果として、表面的にサクサクと展開していく感じが否めない仕上がりでした。これだけでストーリーを完全に把握するのはちょっと大変な気も。同じオースティンの長編を映画化した「いつか晴れた日に」なんかは、エピソードを絞って、深く、丁寧に映画化していて、素晴らしい完成度だったので、今回の映画化はやはり物足りなかったです。

ベネット家の母の下品さや、エリザベスのはっきりとした性格、ビングリー妹の冷ややかさなど、女性キャラの性格はかなり強調されていて、個性をバンと出していたのだけれど、一方で男性キャラの性格描写がちょっと弱かったような気がしました。ウィッカム氏もそこまで悪印象なかったし。ダーシー氏の心理描写も少なかったので、最後の盛り上がりにかけて、ちょっと説得力が弱かったような気も。あお、ジュディ・デンチは相変わらずの熱演でしたが、ダーシー叔母はもっともっと嫌なキャラのほうが嬉しかったなぁ。オースティン小説の醍醐味は性格がはっきりと描かれたキャラクターたちの個性を最大限に生かした緻密な心理劇なので、このあたりもちょっと物足りなかったですね。

しかし、風景はきれいだし、邸宅やら調度品の美しさにも大満足で映像的な部分ではかなり満足度は高かったです。イギリス大好き人間のツボを刺激しまくるシーン多数でした。キーラ・ナイトレイもなかなか良い感じでしたし。しかしながら、ダーシー氏はやはりコリン・ファースのイメージが強すぎて、どうしても違和感が・・・。

この映画を見て、楽しめた人は、是非是非BBCのドラマ版を見ていただきたいと思います。イギリスでは放送時間にパブから人が消えたとまで言われる大ヒットで、主演したコリン・ファースはこれを機に大ブレイクした作品です。原作の魅力をあますとこなく非常に丁寧に映像化したこのドラマ、本当に面白いのでかなりオススメです!

割と辛口ですが、面白い映画だったと思います。BBCドラマ版がありえないくらいに完成度が高いだけです。なんてたって原作が良いですからね♪

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年7月16日 (日)

「デッドエンドの思い出」よしもとばなな

「デッドエンドの思い出」 よしもとばなな 文春文庫

世界的に評価の高いよしもと作品ですが、読むのは「とかげ」、「キッチン」についで3冊目。しかも、前に読んだのは相当前なので、かなり久しぶりです。

この本は全部で5つの作品が収録された短編集。洋食屋の娘とケーキ屋の息子の爽やかな関係をつづる「幽霊の家」、社員食堂でカレーに毒を入れられた女性の物語「おかあさーん!」、少女時代のと一人の少年との思い出と地元の町で起きた事件を回想する「あったかくなんかない」、同じビルに勤める男性への片思いを描く「ともちゃんの幸せ」、そして、婚約者の裏切りと新たな旅立ちを描く表題作の5つを収録。

どれも総じて良かったのですが、とりわけ面白かったのはと「幽霊の家」と「あったかくなんかない」あたりでしょうか。どの作品にも共通して感じたのは、暗くはないのだけれど、どこか翳りのある雰囲気、全体を包み込むほんわかとした空気と男女の関係、日常の暖かさです。結構、シリアスな出来事を扱っているものもあるのですが、それを「日常」の中にくるりと包み込んだような短編集。変にハッピーエンドな終わりではないのも余韻があって良いですね。

しかし、なぜかはわからないけれど、どっぷりと作品に浸かることはできませんでした。この手の作品だったら自分は川上弘美のほぅがずっと好きだなぁと改めて実感。

この本を読んでみようと思った最大の理由は、この本に「藤子F不二雄先生に捧げる」の一文が添えられていたからです。藤子ファンとしてはこれは見逃せません。同様に捧げられていた「八月の博物館」(瀬名秀明)とはまた違った点からのアプローチでしたが、この短編集にもよしもとさんの藤子氏への思いが感じられました。よしもとさんの憧れる人間関係はそれなのかぁというのが新たな発見でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月15日 (土)

映画「フライトプラン」

「フライトプラン」 2005年 アメリカ

ジョディ・フォスター主演で、劇場公開時に割と派手にプロモーションしていたのが記憶に新しい作品。飛行機の中で子供が行方不明になるが、乗客・乗務員の誰もそれに気がつかないという予告編の内容に果たしてその真相が何なのかとても気になってしまって、レンタルしてしまいました。

航空機技師をしている主人公カイルは夫を事故で亡くして、住んでいたドイツから故郷のアメリカへ戻るために娘と共に最新鋭の旅客機に乗り込む。心身ともに疲れ果てていた彼女は離陸後まもなく深い眠りに陥る。目を覚ました彼女は、自分の娘の姿が見当たらないことに気づき、飛行機内を探し始める。しかし、どこを探しても娘の姿は見当たらず、挙句の果てには、乗務員に搭乗記録には娘の名前が載っていないと言われてしまう。果たして、娘の存在自体が妄想だったのか、それとも、何かの事件なのか、様々な憶測が飛び交う中、彼女は娘が何者かによって機内で誘拐されたと信じ、真相を究明しようとするという物語。

この映画、事件の真相が何なのかが観客の最大の関心事であることは間違いがないと思います。果てして、彼女の妄想なのではないかなど、見ている我々に色々と考えさせながら、展開していく前半部分は、あれやこれやと思いながら、かなり没頭してしまいました。しかし、事件の真相が割りとあっさりと中盤で明らかになってしまって、それ以降は、単なるアクション映画と化してしまうので、前半の緊張感が途切れてしまうのが残念でした。事件の真相自体にはツッコミどころの多いものではあるけれど、「フォーガットン」のようなトンデモ感がなかったのはせめてもの救いですね。

この映画では主人公の描き方が特徴的で、割と意図的に見ている観客側が彼女に感情移入できないような演出をしています。ヒステリックに機内で子供を捜しまわる姿を、ひたすらに見せることで、あまりに身勝手な行動の数々に嫌悪感を感じる人さえいるかもしれません。そうすることで、「もしかしたら全ては彼女の妄想なのではないか」という推測を我々に与えるように、かなり上手く誘導していき、それが成功したあたりで「搭乗記録がない」などの事実をつきつけていくあたりの運び方はとても良かったと思います。

さらに、この映画の演出の面白いところは、主人公に感情移入させないことによって、我々観客の視点を飛行機内の他の乗客の視点に持っていく点ではないでしょうか。子供がいなくなったと騒ぐ女性を見て、「おや?」と思い、やがて彼女が異常とも思える行動を取り始めると、「もしや彼女自身がおかしいのでは?」と感じさせ、アラブ人が登場すれば、「もしや彼らが?」「いや、そんな差別はよくない」と色々な意見を飛び交わせて、そして、ラストに全てが明らかになったときに、「いや~、そんなことなんじゃないかと思ったよ」なんてことを言う乗客たちの姿は、映画を見ている我々の思考とかなりリンクしていたように思います。だからこそ、乗客たちが登場しなくなる後半の展開で、急に我々観客が置いていかれたような感じになり、あれよあれよと言う間にあっさり終わってしまった感じがしたのではないでしょうか。

そう考えると、ツッコミどころがかなり多いのは事実ではあるけれど、妙な無関心さや、つい差別してしまう心情(映画のお決まりパターンの皮肉ともとれる)、事件後に我が物顔でそれを振り返るなどの、群集心理を観客である我々に追体験させるこの映画はなかなかよくできているのではないかと思いました。まぁ、サスペンスとしては、B級であることには変わりませんが・・・。

<微妙にネタバレな意見>

ところで、ネットでこの映画の感想を見てみると、相当数の人が「アラブ人への謝罪がないのはおかしい」と書いていました。日本の国民性みたいなものが顕著にあらわれていてなかなか面白いなぁと他人ゴトのように感じてしまいました。自分も、謝罪しないんだなぁとは思ったけれど、やっぱりなぁとも思いました。この場面で日本的な謝罪は恐らくしないだろうと。欧米では「謝罪」の持つ意味がもっともっと重くて、全ての責任が100%自分にあるということを認めることになると認識しています。しかし、実際の彼女は被害者で、娘がいなくなったから騒ぎ立てたわけなので、それが事実だったと証明された今、なかなか謝罪までは到達しないのではないかと思います。むしろ、鞄を手渡して、互いにアイコンタクトをする描写がわざわざ挿入されているのが、日本流の「謝罪」を十分に表現しているようにも思えます。実際、海外での感想を見てみると、驚くほどに日本で見られるこのような意見が少ないのです。このあたりの感覚の違いが映画の感想なんかに如実に出てくるのはなかなか面白いなぁと勝手に思ってみました。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年7月14日 (金)

映画「綴り字のシーズン」

「綴り字のシーズン」 2005年 アメリカ

スペリングの全国大会に挑む少女とその家族を描く映画ということで、暖かなヒューマン家族ドラマの映画だと思っていたのですが、蓋を開けてびっくり、思ってた内容とはかなり違っていました。

イライザは校内のスペリング大会で優勝して、地区予選⇒地方予選と順調にコマを進めていく。それまではあまり彼女のことをかまっていなかった大学教授の父は、娘の才能にひかれ、彼女を応援しはじめる。一方で、ユダヤ教徒である父親が一方的に自分の価値観を押し付けてくることに耐えられなくなった兄と母はそれぞれに悩みをかかえ、やがて、家族の崩壊がはじまるという物語。

スペリング大会というと、スヌーピーでおなじみのPEANUTSの映画の中で、チャーリー・ブラウンがスペリングの才能を発揮して全国大会に出場することになるというエピソードがとても印象的だったのが思い返されます。スヌーピーの映画では、チャーリーがただひたすらに辞書を読みふけったり、英語のスペリングのルールとその例外を死に物狂いになって覚える様子が描かれていてたのだけれど、この映画では、主人公の少女がスペルに対して本当に天才的、神がかり的な何かを持っているという設定で、アニメ映画ですらしっかり描いた現実性がやけに薄かったのが、やけに気になりました。

この映画の大きなテーマに宗教や価値観の押し付けというのがあって、ユダヤ、カトリック、ヒンドゥーと様々な宗教が登場する物語。この題材が割と強く押し出されているので、単なる「ヒューマンドラマ」という枠には収まらない、やけに精神的な色合いが強い作品仕上がっていて、「スペリング大会に挑む少女」という題材とのギャップが大きすぎたように思いました。スペルの勉強が宗教の勉強に摩り替わっていくってのは、やっぱ違和感ありすぎだったし、家族崩壊を起こすにしても、宗教問題はあまりに重過ぎで、もう少しライトな話題で展開したほうが暖かな感動作品になったんじゃないかと思います。製作者の意図とは反するのでしょうけど・・・。

役者さんたちが子役を含め皆本当に上手でした。母親のジュリエット・ビノシュの徐々に精神を病んでいく様子や、宗教に走る兄の葛藤なんかが、リアルに伝わってきて、なかなかの見ごたえがありました。主人公の少女も、ちょっとした仕草や表情がとてもよくて、スペリング大会に臨む姿やら、唐突に現われるホラー映画のようなシーンやらでかなりの熱演でした。父親のリチャード・ギアがそこまで悪者に感じられないのが映画としてはちょっと弱かったかもしれませんね。

とこえどころ映像がとても美しくて、とりわけ、少女がスペリングを感じる映像は必見です。「タンポポ」の映像とかかなり好き。

ちなみに、日本人の視聴者たちは、この映画の最後の最後でかなりのサプライズがあります!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月13日 (木)

「審判」 カフカ

「審判」 カフカ 白水Uブックス

近年になって公開されたカフカのノートなどの新しい資料を元にして、章立てなどをカフカ自身の手稿をベーステキストにして翻訳した池内訳のカフカコレクションからの1冊。このシリーズを読むのは「変身」に次いで2冊目です。「失踪者(アメリカ)」も買っているんですけど、「審判」のほうが興味があったので先に読んでしまいました。そうこうしているうちに先日「城」も出てしまいましたが・・・。

30歳の誕生日の朝、突如家に現われた男たちによって逮捕されてしまう銀行員ヨーゼフの物語。なぜ逮捕されるのかを問い詰めても、自分の仕事は逮捕することであり、それ以上のことは知らないと言われ、そのまま、彼は被告人として裁かれることになる。自分の罪が何なのかいつまでたっても明かされることはなく、出てくる役人達や弁護士らの発言や行動も納得いかないものばかり。とある銀行員の身に降りかかる不条理極まりない出来事を描く作品。

この作品、第1章と最終章が最初に書かれて、その後、推敲に推敲を重ねて、その間に挿入される様々なエピソードが書かれ、そのまま未完となった作品です。しかしながら、ラストが書かれているので、間の小さなエピソードが不完全とはいえ、なんとか全体で一つの作品になり得ています。しかし、やはり未完は未完。本編ではカットされて、付録として掲載されている書きかけの断片だけでなく、普通に作中に挿入されている章も、イマイチ分かりづらいと言うか、非常に読みにくい感じのある1冊でした。池内氏の翻訳そのものは「変身」同様、極めて読みやすいので、これはもう、作品そのものが読みづらいなにかを持っているのでしょう。

ある日、わけもわからず逮捕されて、その謎も解けぬまま、どんどん事態が悪化していくというのは本当に不条理極まりない状況なわけで、この設定そのものの持つ面白さがかなり印象的でした。なんだか当事者である主人公1人だけが、何も知らずに一人で騒いでいて、周囲の人々はみな断片的に何かを知ってはいるけど、総括して主人公にそれを伝えられる人がいないなんていう状況は、割と世の中には多い気がします。こういう不条理さって実際に大小のレベルの差こそあれ、ありふれたことなのではないでしょうか。そして、こういう物語を読んだときに、不条理な状況そのものに「こんなことはありえない!」と思って読み進めるのではなく、妙なリアルさをどこかで感じながら読み進めてしまうという事実がそれをひしひしと感じさせました。

あと、逮捕云々の不条理さに加えて、こういう状況下なのに、主人公が割りと普通に日常生活を送って、今までどおり仕事をしていたり、出会う女性達にはなぜかモテモテだったりという主人公の生活そのものもかなり不条理だなぁと思いました。不条理の質としては、「アリス」の系譜ですよね。カミュの描く不条理よりも、もっとダイレクトに「THE不条理」を突きつけてくるような作品でした。ラストの妙なあっさりさもとても印象に残りましたが、「アリス」であのまま赤の女王が「死刑!」と叫んで、物語が終了したら、とてもよく似た作品になったのではないでしょうか。そんな児童文学嫌ですけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月 9日 (日)

「輝く日の宮」 丸谷才一

「輝く日の宮」 丸谷才一 講談社文庫

僕の本棚には丸谷才一が関係している本が4,5冊あるのですが、それらは全て、「丸谷才一訳」となっています。自分の中では、丸谷といえば、英文学の翻訳者としてのイメージしかなかったんですけど、どうやら芥川賞も受賞している作家としての側面もある方だったようです。しかも、この作品をみると、英文学のみならず、国文学への造詣もかなりのものだと思われます。

主人公の女性国文学者の紹介的な導入のエピソードをいくつか経て、彼女が源氏物語には失われた「輝く日の宮」という章があるのではないかという仮説に基づいて、その謎と、源氏物語成立の秘密に迫っていくという物語。これと平行して、中年にさしかかった彼女の恋愛模様も描かれる。7つの章、それぞれが全て異なる文体で書かれていて、小説形式、年表風、作者丸谷氏の語りかけ、戯曲風など、様々なスタイルが楽しめる作品になっています。

自分は源氏物語は割りと好きで、現代語訳も数種類読んだことがあるのですが、ここで語られる源氏物語の謎は言われてみれば確かになぁというものばかりで、妙に感心してしまいました。とりわけ、帚木の妙な不自然さは自分も感じたことがあったので、思わず共感してしまったり。奥の細道について語る場面もあるのですが、源氏とあわせて、丸谷氏が展開していく議論は小説の中の国文学談義という枠を超えた面白さがありました。

作中で最も、面白かったのは、戯曲スタイルで書かれた、シンポジウムの章。ト書きの上手さ、会話の面白さ、そして、上記の源氏の謎に関して、熱いトークバトルが繰り広げられる場面で、かなりの読み応えでした。

というわけで、文学談義の部分はかなり面白かったのですが、それ以外の部分に関して、自分はどうも楽しめませんでした。中年女性の恋路の行方というのはやはりテーマとして、今の自分にはどうも合いません・・・。なので、作品全体として見たときに、満足度はそこまで高くなかったのも事実。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月 3日 (月)

ピクサー展@森アーツセンターギャラリー

「トイ・ストーリー」から最新作「カーズ」まで最高のクオリティで作品を作り続けているピクサースタジオの20周年を記念する展覧会が六本木で開催されているということで、夏休みになって、子供達で溢れかえる前に、早速行ってきました。

会場は予想的中で、ガラガラ。さすが平日の昼間です。展示室によっては、他に見ている人が一人もいなくて、貸しきり状態。思う存分、展示を楽しめました。

会場に足を踏み入れると、まずお目見えするのが、巨大なスクリーンに上映されているアートスケープ。これは、この展覧会のメインの展示物でもある、作品を制作するに当たって描かれた大量の手書きのコンセプトアートや、ストーリーボードをコンピュターに取り込んで、実際の映画さながらに効果音をつけたりして、動画CGにしたもの。ぬくもりのある手書きイラストで再現された映画作品は本当に美しかったです。また、画質と音響もかなり良くて、画面にかなり近づいてもドット感が感じられず、まさに「動いている絵」を見ているような感覚でした。あまり上手く伝えられないのですが、展覧会場で上映されている映像展示を、その場にいた観客全員が最後までしっかり見たといえば、面白さやクオリティの高さが伝わるかもしれません。一番最初の展示にもかかわらず、一番の目玉かも。

続く展示室には、完成に至るまでに作られた、コンセプトアートや、キャラクター設定の資料、映画のストーリーを確認するために作るストーリーボード(ストーリーを紙芝居のように絵で並べたもの)、キャラクターの模型なんかが展示されています。どれもこれも、非常に興味深いものばかりでした。1つの映画をつくるまでに、本当に大量の「手作り」の過程を経過していることがよく分かり、CGアニメでありながらも、「暖かさ」に溢れているピクサー作品の裏側を垣間見るような展示内容でした。DVDの特典映像などで目にしたものの実物が目の前にあるというのは、なんとも言えず嬉しいものです。

とりわけ、コンセプトアートは、各映画の世界観を表現するために作られていて、イラストのタッチが、それさぞれの作品世界を反映して、それぞれでかなり異なったものになっているのが印象的。DVDの特典映像で見たときも思ったのですが、「インクレディブル」のコンセプトアートは本当に素晴らしいです!!流れるような線で書かれた、スタイリッシュなイラストがかなりツボ。ほかにも、「ニモ」のどこかほんわかした柔らかなイラストや、「バグズ・ライフ」の自然美溢れるイラストなど、印象深いものばかり。

最後の展示は立体ゾーエトロープ。何かというと、メリーゴーランドのように円状に並べられた、少しずつ形が違う人形たちを高速で回転させて、そこにストロボをあてることで、人形達が動いて見えるという仕掛け。アニメーションの最初期の基本的な技術の立体版ですね。巨大な円盤の上に、いくつものキャラクター達が大量に並べられていて、それが、少しずつ回りはじめて、高速になった瞬間、一瞬、回転が速すぎて何も見えなくなるのだけれど、ストロボがあたるや、突如として、動くキャラクターたちが出現するのは本当に感動もの。その瞬間、その場にいた人たちが皆声をそろえて、「おー」と感心してました。この仕掛け、あまりに面白くて、そのまま2回連続で、見てる人も多かったです。空いてるからこそできる贅沢ですね。

ピクサーって、CGのみならず、その製作段階で作られる、ストーリー確認のためのボードでさえも一つのアートとして十分鑑賞できるレベルのものを作っているのを目の当たりにして(これはディズニー氏の生んだ伝統ですが)、作品のもつCGのクオリティの高さが、スタッフたちの丁寧な「手作り」の仕事の結果であるという事実に改めて驚き、賞賛したくなった展覧会でした。またDVDで作品をチェックしなければ!!!

ピクサー作品が好きならば行って損はない展覧会だと思います。オススメ。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

« 2006年6月 | トップページ | 2006年8月 »