「審判」 カフカ
「審判」 カフカ 白水Uブックス
近年になって公開されたカフカのノートなどの新しい資料を元にして、章立てなどをカフカ自身の手稿をベーステキストにして翻訳した池内訳のカフカコレクションからの1冊。このシリーズを読むのは「変身」に次いで2冊目です。「失踪者(アメリカ)」も買っているんですけど、「審判」のほうが興味があったので先に読んでしまいました。そうこうしているうちに先日「城」も出てしまいましたが・・・。
30歳の誕生日の朝、突如家に現われた男たちによって逮捕されてしまう銀行員ヨーゼフの物語。なぜ逮捕されるのかを問い詰めても、自分の仕事は逮捕することであり、それ以上のことは知らないと言われ、そのまま、彼は被告人として裁かれることになる。自分の罪が何なのかいつまでたっても明かされることはなく、出てくる役人達や弁護士らの発言や行動も納得いかないものばかり。とある銀行員の身に降りかかる不条理極まりない出来事を描く作品。
この作品、第1章と最終章が最初に書かれて、その後、推敲に推敲を重ねて、その間に挿入される様々なエピソードが書かれ、そのまま未完となった作品です。しかしながら、ラストが書かれているので、間の小さなエピソードが不完全とはいえ、なんとか全体で一つの作品になり得ています。しかし、やはり未完は未完。本編ではカットされて、付録として掲載されている書きかけの断片だけでなく、普通に作中に挿入されている章も、イマイチ分かりづらいと言うか、非常に読みにくい感じのある1冊でした。池内氏の翻訳そのものは「変身」同様、極めて読みやすいので、これはもう、作品そのものが読みづらいなにかを持っているのでしょう。
ある日、わけもわからず逮捕されて、その謎も解けぬまま、どんどん事態が悪化していくというのは本当に不条理極まりない状況なわけで、この設定そのものの持つ面白さがかなり印象的でした。なんだか当事者である主人公1人だけが、何も知らずに一人で騒いでいて、周囲の人々はみな断片的に何かを知ってはいるけど、総括して主人公にそれを伝えられる人がいないなんていう状況は、割と世の中には多い気がします。こういう不条理さって実際に大小のレベルの差こそあれ、ありふれたことなのではないでしょうか。そして、こういう物語を読んだときに、不条理な状況そのものに「こんなことはありえない!」と思って読み進めるのではなく、妙なリアルさをどこかで感じながら読み進めてしまうという事実がそれをひしひしと感じさせました。
あと、逮捕云々の不条理さに加えて、こういう状況下なのに、主人公が割りと普通に日常生活を送って、今までどおり仕事をしていたり、出会う女性達にはなぜかモテモテだったりという主人公の生活そのものもかなり不条理だなぁと思いました。不条理の質としては、「アリス」の系譜ですよね。カミュの描く不条理よりも、もっとダイレクトに「THE不条理」を突きつけてくるような作品でした。ラストの妙なあっさりさもとても印象に残りましたが、「アリス」であのまま赤の女王が「死刑!」と叫んで、物語が終了したら、とてもよく似た作品になったのではないでしょうか。そんな児童文学嫌ですけど。
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