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2006年9月16日 (土)

映画「出口のない海」

6月にモニター試写会で3ヶ月以上フライングで見てきました。感想などは公開まで待てということなので、保管してました。

この試写は、行くまで何の映画が放映されるのかが分からないというものでした。松竹作品であることは分かっていたので、HPの今後の予定作品を見ながら何かなぁなんて思いながら行ったんですけど、蓋を開けてみれば、自分では絶対に観にいかないし、テレビでやっててもスルーするであろう作品でした・・・。そういう状況で見ているので、感想もかなり辛口です。

かつては甲子園の名投手だった主人公の並木は、大学野球でも投手をしているが、肩を壊してしまい、直球勝負ができなくなったので、魔球(=新しい変化球)の開発に熱心なスポーツマン。家族公認の恋人もいて、野球仲間たちと大学生活を謳歌していたが、時代は2次大戦中で、戦局も激しくなり、彼ら若者は皆兵隊に志願していった。並木は、海軍に入隊し、そこで、自らの命と引き換えに敵艦に突っ込んでいく人間魚雷「回天」の乗員に志願する。厳しい訓練の末、迎えた初出動。敵艦を見つければ出撃命令が出て、それはまた、自らの命が終わることを意味する。故郷の仲間たち、家族、恋人、そして、戦友たちに思いを馳せ、並木をのせた潜水艦はただひたすらに「その時」を待つ・・・。見えない敵と闘う戦争のなかで、特攻として死んでいくことの意味とは?若者達の思いを感動的に描く作品でした。

えっとですね、この映画、物語のつなげ方がまず気になりました。細切れなのはよくある手法なのだけれど、分かりづらいところが多いです。そして、散りばめたエピソードが伏線なのかどうかもよく分からず、そのまま回収されず終わってしまったものが多いですよね。たとえば父の時計とか。ボレロなんかも、もっと印象的に使えそうなのにもったいないです。あの曲は追い込まれていく心理描写のBGMとかにはもってこいだし。

全体的にテーマをどこに絞りたいのかが見えづらくて、それがもったいない作品。感動を前面に出したいのならば、もっともっと平和な日々の描写で観客の心をつかまないといけないですよ。なんとなく中途半端にエピソードが連なるから、感情移入する間もなくクライマックスを迎えてしまった印象。しかも、同じネタを2度繰り返すのはちょっとくどい。演出を変えてほしかったですね。あと感動のラストなのかもしれないけれど、そこに至っても、つっこみどころを沢山見つけてしまって、純粋に感動できないのも辛かった・・・。全体的に言葉が現代っぽいのもやたらと気になったし。戦中なのにカタカナ語使いすぎでしょ。

そして、戦争映画の割りに戦闘シーンを適当にごまかして、あまり入れないのは、観客ターゲットの絞りの問題もあるんだろうけど、そうするのであれば、もっと心理描写なんかを丁寧に描いていったほうが良かったのではないかと思います。

出演者は、主演の市川氏が、あまりぱっとしないんです。逆に、潜水艦で一緒になる人々、柏原収史とか塩谷瞬とかは印象に残る演技を見せてくれるし、恋人役の上野さんもなかなか雰囲気を出してるんです。うん、柏原氏はいいねー。最近、結構注目してます。

自分と同じくらいの歳の若者が、自ら志願してこの道を選び、そして、戦争自体の意味のなさに気づいてもなお、それを貫く姿は、平和ボケして、たまに起こる世界のニュースでしか戦争を感じない我々とは遠いものなのだけれど、ほんの60年前にそのようにして亡くなっていった若者達が確かに存在したという事実はやはり色々と考えさせられます。だから、映画の扱う題材自体は、そこまで好きではないけれど、悪くないと思うんです。でも、全体的に何が言いたいのかがはっきりと見えてこないのが物足りない作品でした。

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