「高瀬川」 平野啓一郎
「高瀬川」 平野啓一郎 講談社文庫
平野氏は現役作家の中でもかなり好きな作家で、この作品も単行本が出たときからかなり気になっていました。
この作品の単行本には、さらに、ちょっとした思い出がありまして、発売された当初、都内の某書店にてサイン本が数冊平積みされていて、ファンとして買おうか買うまいか悩んでいたところ、その日は持ち合わせが足りなかったために断念。翌日、朝一で買いに行ったものの、すでに売り切れていました。というなんだかとても悔しかった思い出があるので、今回ようやく読むことができて本当に嬉しい限り。(単行本買えよっていう突っ込みは無い方向で!)
全部で4作品が収録された短編集。京都の町を歩きながら、様々なことを回想する「清水」、表題作で、作家と編集者との一夜の性愛を艶かしく描く「高瀬川」、実験的作品「追想」、実母の影を求める少年と恋人と不倫中の女性の人生の交錯を描く「氷塊」の4作品を収録。
芥川賞作品を含めた初期2作であれだけ明治~大正の文学の香を感じさせた作者の短編の作品集、そして、高瀬川といえば著名な文学作品をどうしても思い浮かべてしまうということでかなり期待してたんですけど、なんだか作者の求める方向がちょっと分からなくなってきたというのが本音です。あの特徴的な擬古文ならぬ、擬明治文学な文体はすっかり姿を見せず、なんとも読みやすい現代的な語り口調に。文章が上手いのはエッセイなんかでも分かっていたので、非常に読みやすい作品なんですけど、内容がね・・・。実験に走りすぎてるというかなんというか。
「清水」は正統派な短編作品できれいにまとまっていましたが、続く、「高瀬川」は読んでいてこちらが恥ずかしくなるほどの官能小説なんですね。そして、その官能描写の必然性が見えてこないまま終わってしまったという感じ。しかも妖艶な小説でもないのでちょっと中途半端感がいなめず。でも最後の余韻は嫌いじゃないです。
面白かったのは実験的な後半2作品。実験の手法としては決して新しくはないのかもしれないけれど、なかなか楽しんで読めました。特に「氷塊」はどのように読んだらいいのか一見分からない不思議なレイアウトを含めて、とても手のこんだ作品で、その手法を見事に生かして、妙な緊張感を味わえるなかなか面白い1作。コレを読めただけでも、この短編集を買ってよかったと思います。
若くして注目を浴びた平野氏が次に進む方向を模索しているのがひしひしと感じられる短編集ではあるんですけど、初期作品の文体、作風をもっともっと洗練させるような方向でも十分だとは思うんですけど、どうなんでしょうか。
さて、そろそろ「葬送」第2部を読みますか・・・。
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