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2007年11月 9日 (金)

「自由の牢獄」 ミヒャエル・エンデ

自由の牢獄 (岩波現代文庫―文芸)

自由の牢獄
(das gefangnis der freiheit

ミヒャエル・エンデ Michael Ende

岩波現代文庫 2007.9

エンデの短編集です。このたび、以前から気になっていた「自由の牢獄」が文庫化ということで、早速読んでみました。

収録されているのは全部で8作品。どれも決して難しくない文体で書かれた大人向けのファンタジーで、本当に素晴らしい内容でした。クオリティ高すぎ。全体に「旅」を扱った作品が多かったのが印象的です。

そんなわけで、作品ごとにちょっとずつコメント。

「遠い旅路の目的地」
大富豪シリルは、幼少の頃から外交官の父親とともに、世界中を回る生活を送っていた。そのため、彼には、「故郷」がなく、「郷愁の念」という概念を理解できないでいた。そんなある日、彼は1枚目の絵の前に立ったとき、今まで感じたことのない不思議な感情にとらわれて・・・。

この短編集の中では80ページと一番長い作品ですが、読んでいる間中ワクワクさせる、壮大で見事なストーリー展開で長さを感じさせず、さらにラストに不思議な余韻が残る作品。

目的地にたどり着いた彼は果たして幸せなのだろうかとふと思う。

「ボロメオ・コルミの通廊」
ボルヘスへのオマージュとして書かれた、不思議な廊下を描く作品。

「郊外の家」
上の作品を読んだ読者が自らの不思議空間体験を作者にあてて書くという形式の作品。

2話目、3話目は連続した双子作品。どちらも不思議な空間に迷い込んだ体験について書かれています。「郊外の家」のほうはナチスが絡んできて、ダイレクトなメッセージ性が感じられる内容ですが、発想が上手いです。「家」の不思議が持つ意味を色々と考えさせられる作品でした。

「ちょっと小さいのはたしかですが」
イタリアが舞台のしゃれた小品。

これも上2作品と同様に不思議空間の話ですね。このシリーズは、小説という形態をとりながらも、エッシャーのだまし絵を見ているような不思議な感覚を呼び起こさせてくれるのが面白いです。

「ミスライムのカタコンベ」
地下世界に閉じ込められ、働からかされている「影の民」たち。そんな1人であるイヴリィは、ある日、突然さとりをひらき、外の世界のイメージを感じるようになる。果たして、外の世界とは・・・。

これはなんといっても、ラストでしょう。翻訳の問題かもしれないけど、あの動詞はマイナスイメージのほうが強い気がします。そうすると、やっぱりバッドエンドなのかなぁ。でもそのほうが作品がしまる気がします。

「夢世界の旅人マックス・ムトの手記」
屋敷の図書室にあるという辞書を借りるために、老寵姫のもとを訪れたマックスは、そのための条件として、かつて、建築家たちに依頼した砂漠に完璧な都市を作るというプロジェクトの進行状況を見てきて欲しいと依頼されて・・・。

この話が一番好きです。

1話目の「遠い旅路~」は、全人生をかけてただ1つの目的地を目指して旅をする男の話でしたが、こちらは、それと対極にある旅の話。メインのストーリーの奇想天外さもさることながら、なんといっても、マックスが旅を続ける理由が良い。

自分、確実に、コックと理性的な娘のほうだなぁ・・・なんて思ってみたり。とってもファンタジーなのに本当に深い作品だと思います。

「自由の牢獄」
舞台はイスラム世界。主人公の男は、あるとき、扉がいくつも連なる不思議な空間に迷い込む。そこで、不思議な声が響き、彼は、扉の中の1つを選べと選択を迫られるのだが・・・。

無数の選択肢の中からただ1つを選ぶ。我々の人生は、基本的に選択の連続で、さらに、選択の最終的な決定権は我々自身が持っている場合も多いのではないでしょうか。人生には選択の自由があるけれど、この作品の主人公のように、自由であるからこそ、我々は常に悩んで生きているのだと思います。自由って素晴らしいもののように思えるけれど、実際には、選択の全責任を自分が背負わなくてはいけなません。

世の中に溢れている一見「自由」なものも、あくまで、何らかの制約のある空間においての自由なのであって、完全な自由というものが与えられたときに、果たして、我々はちゃんと選択をすることができるのか。「自由の牢獄」というアイデアにはっとしました。

あと、天の声との哲学的な問答もとても面白かったです。(←ちょっとアリス的だったよね)

「道しるべの伝説」
最後の作品も、旅する男が主人公。幼少の頃から、非常に強い感受性を持つ主人公が、名前も仕事も変えながら旅を続け、たどりつく場所とは・・・。

次々と名前を変えていく主人公の旅が描かれるんですが、この中に出てくる「道しるべ」の哲学がなかなかお気に入りです。

エンデ、たまに読むとやっぱり良い。また「はてしない物語」読もうかな。

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コメント

はじめまして、エンデで検索してここにたどり着きました。

このところたてつづけに彼のものを4冊(『サーカス物語』、『鏡の中の鏡』、『遺産相続ゲーム』と『自由の牢獄』)を読みました。
『遠い旅路の目的地』と『道しるべの伝説』が胸にしみました。なぜかグレン・グールドの『ゴールドベル変奏曲』を思い出しました。円環が閉じていく様が重なったのかもしれません。

どうも『モモ』や『はてしない物語』に食指が動きません。良いのでしょうけど…

いろいろ私の知らないものが紹介されていて楽しそうです。時々おじゃまするかもしれません。
では失礼しました。

投稿: toshi | 2009年1月29日 (木) 00時16分

>toshiさん

はじめまして。
コメントくださいましてどうもありがとうございます。

この短編集は読みやすい作品が多く、
それでいて色々なことを考えながら読むことができて
かなりお気に入りの1冊です。

バッハを重ねられるとはまた面白いですね。
『道しるべの伝説』あたりは特にそんな感じがしますね。

『モモ』は子供のときに好きで読んでいたのですが、
大人になってからは再読していないので、
今読むとどうなのかなぁとも思いますが、
当時はかなり好きな作品でした。

『はてしない物語』は大人になってから読んでも
やっぱり面白い1冊でしたので、
ファンタジーが苦手でなければ
読まれてみても面白かもしれません。

勝手気ままに書いてるブログですが、
よろしければまた気軽に遊びにいらしてください。

投稿: ANDRE | 2009年1月29日 (木) 01時10分

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