« 映画「サン・ジャックへの道」 | トップページ | 「遠別少年 13のストーリーズ」 坂川栄治 »

2007年11月30日 (金)

「その名にちなんで」 ジュンパ・ラヒリ

その名にちなんで (新潮文庫 ラ 16-2)

その名にちなんで
(the namesake

ジュンパ・ラヒリ Jhumpa Lahiri

新潮文庫 2007.10.

新潮社のクレストシリーズは良作が多いことで有名ですが、その中でもとりわけ印象深かった「停電の夜に」と同じ作者による長編第1作目。原書が出たときから読みたくて、いっそのこと原書で読もうかと何度も思ったのですが、このたびようやく文庫化。そういえば、「停電の夜に」は文庫じゃないのを買ったのにね・・・。

どうやら12月に映画が公開になるようで、そちらも楽しみです。

インドからアメリカに移住してきた夫婦に生まれた1人の少年ゴーゴリーが物語の主人公。大学教員をしている父は若い頃、インドで列車事故に遭遇し、その際に、手にしていたゴーゴリーの短編集に深いを思い入れがあったのだ。

インドには、家族だけが用いる愛称と、公の場面で使う正式名があり、ゴーゴリーにも正式名としてニキルという名前が与えられた。アメリカに暮らしてもなお、インド文化、インド社会を大切にして暮らす両親と、アメリカに生まれ育ち両親の価値観を理解できないゴーゴリー。2つの名前を持つ青年が2つの文化の間に様々な葛藤を感じながら、成長していく様子を描く物語。

いやぁ、これ、面白かったですよ。

とりわけ自分には色々と感じる部分が多かったので、どぷりとはまってしまいました。

実は僕は幼少の頃に何年か海外に住んでました。なので、この作品で、主人公が2つの国の文化に板ばさみになる感じとか、自分の国籍やアイデンティティへの葛藤といったものを自分もこれまでの人生で少なからず感じてきたことがありまして、どこか他人ごとではない思いを主人公に感じたわけです。現地の学校に通ってる一方で、両親達は邦人コミュニティの人たちとの付き合いがあって、そういう人々とも交流する。2つの文化の違いをなんとなく幼いながらに感じていました。

気分としては、国とか、文化とかに関係なく「自分は自分」なんですが、世の中、知らず知らずに文化やら国やらという概念によって囲われてしまっていることが少なからずあると思います。周囲の友人達と同じように過ごしているつもりでも、ふとした拍子に感じてしまうズレのようなものがあったりするわけです。だからといって、それを否定することは、自分が生きてきた証を否定するような感じがしたり。自分の故郷は?とふと感じてしまう瞬間があったり。

あと、「2つの名前」ってのも自分にはちょっとした深い意味があったなぁと。僕、海外に住んでたときの海外名が別にあるんです。なので、いろいろと他人事じゃない作品。

まぁ、この物語の場合はちょっとそこまでの感情は描いてないし、そもそも移民の子供の話だし、彼の名前の由来は特殊な重さがあるので、またちょっと違う点もあるんですが、異なった国や文化の間に揺らぐアイデンティティの問題というのは自分にとってはかなり大きな意味があるので、非常に面白い作品でした。

作品を通して、主人公が本当に少しずつだけど変わっていって、最後の主人公の姿は、ちょっと感慨深いものがありましたよね。どんなに反発があっても、結局は幼少時に生まれ育ったときの環境というのに知らず知らずに縛られてしまうんだろうなぁとも感じました。

あと、この手の作品を見ると思うのは、実は文化の違いにせいにしてしまってる問題も、実際は、普遍的にどこの家にも見られる親子間のギャップの問題なのではないかと思うわけです。親の心子知らずというか、近頃の若い者は云々というか。

同じようにアメリカでの移民の子を扱った作品に中国系の人々を描いた「ジョイラッククラブ」がありますが、こちらも小説も映画もとても良い作品でした。映画だと他には舞台はイギリスだけれど、「ぼくの国は、パパの国」とか、「ベッカムに恋して」なんかも非常に優れた作品だと思います。併せてオススメ。

この作品では、「移民」の持つ意味を一つの家族の30数年を丁寧にじっくりと描くことで深く深く掘り下げていて、上述の作品たちと比べても、地味ではあるけれど、ちょっとした白眉の出来だと思います。映画も見なくては!!

|

« 映画「サン・ジャックへの道」 | トップページ | 「遠別少年 13のストーリーズ」 坂川栄治 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

こちらにも。
再度、トラバに挑戦してみましたが、ダメかなぁ。
URL欄に感想を入れてみました。

ジュンパ・ラヒリ、そういえば、最新短編集が出たんですよね。
早く読みたいなぁと思いつつ、図書館中心なので、まだまだ読めそうにありません。

『その名にちなんで』は、本当に良い作品でしたよね。
ふわぁ~っと世界が広がっていく感覚が致しました。

既にご存じかもしれませんが、同じく新潮クレストブックスのイーユン・リーの『千年の祈り』もとても良い作品でした。
中国人でありながら、母語ではなく英語で物語を書くそうです。
こちらも国や文化について、考えさせられました。

投稿: つな | 2008年10月 4日 (土) 10時58分

>つなさん

こちらにもコメントどうもありがとうございます。

この作品は、自分の育った背景と被る部分があったので
かなり大切な作品になりました。

その後、映画版をみたのですが、
インド系の女性監督が映画化していることもあって、
主人公の母に焦点が強くあたっていて、
原作の雰囲気を壊すことなく、
原作とはまた違った視点で撮影されていて、
映画化したことにちゃんと意味のある映画化だったのが嬉しかったです。


ラヒリ、最新短編も気になりますね。
「その名にちなんで」で結構しっかりとテーマを持った
長編を書いた後なので、
次にどういう作品を書くのかが気になる作家です。

「千年の祈り」も気になっている1冊。
クレストは良い作品が多いですよね。
機会を見て読んでみたいと思います。
文庫落ちを待ってからになる可能性が高いですが。

また面白い作品がありましたら、
色々とご紹介いただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: ANDRE | 2008年10月 4日 (土) 20時31分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「その名にちなんで」 ジュンパ・ラヒリ:

« 映画「サン・ジャックへの道」 | トップページ | 「遠別少年 13のストーリーズ」 坂川栄治 »