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2008年4月 9日 (水)

「贖罪」 イアン・マキューアン

贖罪〈上〉 (新潮文庫)

贖罪
(atonement)

イアン・マキューアン 
Ian McEwan

新潮文庫 2008.03

今週末に公開されるキーラ・ナイトレイ主演の映画「つぐない」の原作でもあるイアン・マキューアンの作品。マキューアン作品はこれまでハズレなしでどれも面白かったので、最高傑作との呼び声も高いこの作品はずっと読みたかった1冊です。

物語は1935年のイギリスの地方にある旧家でのある1日から幕をあける。タリス家の末娘ブライオニーは空想好きで物語を書くのが大好きな13歳の少女だった。彼女は帰郷する兄のために、両親の離婚騒動のためにしばらく滞在することになった従妹弟たちを役者にしたて、劇を上演しようと張り切っていた。そして、そんな中、ブライオニーは彼女の人生を変える衝撃の場面に出くわし、やがてそれが大きな事件へと発展する。やがて物語は第2次大戦、現代へと舞台を移し、思いもよらぬ真実が語られていく。という物語。

傑作すぎて困るくらいに傑作でした。

凄いぞマキューアン!語彙のない感想ですが、ただひたすら凄いです。最初から最後まで非常に読み応えのある作品で、これまでもマキューアン作品の心理描写は見事だったんですが、今作では、その見事すぎる心理描写を逆手にとった内容になっていて、小説を読む醍醐味をたっぷりと味わわせてくれました。間違いなくこれまで読んだマキューアン作品の中ではダントツの素晴らしさで、作品から作者の情熱があふれんばかりという印象です。

ブイオニーの母エミリーや、ブライオニーの姉セシーリア、タリス家の使用人の息子ダニー、ブライオニーの兄の友人である実業家のポールら多彩な人物たちを、視点を移していきながら、これでもかというくらいに徹底した心理描写で描く第1部は、1日のできごとを描くだけで300ページ(上巻1冊)を使っていて、もうこれだけで非常に美しくて完成された1つの作品として読むことも十分すぎるくらいに可能なのではと思わせます。

とにかくこの第1部が丁寧すぎるくらいに丁寧でまどろっこしいんです。しかもそこで使われている描写がまたあまりに上手いので、一文一文をじっくりと味わいたくなってしまうんです。でもって、この第1部をここまでじっくりと読ませるところからもうマキューアンマジックは始まっていたわけで、これにはただただ脱帽でした。

驚きのラストを読んで、改めて第1部からふりかえっていくと、緻密な描写を用いて次々と視点を変えていく第1部の見事さもさることながら、第1部に比べてさらりと読み流せてしまう第2部以降も一文一文を見逃すことのできない緊迫感があるわけで、改めて、この作品の重厚さに驚くばかりです。

マキューアンはとても器用な作家だなぁと思います。しかも現代的な遊び心にあふれている。文芸大作であるのは間違いないのに、小説でしか味わうことのできないエンタメをしっかりと提供してくれるところがまた憎いです。

でもって、映画化なんですが。

これは難しいでしょ。映画化したいという気持ちも確かに分かりますが、この作品には小説であってしかるべき理由がちゃんとありますからね。第1部のみを(それかせめて3部までを)全く別物の文芸映画として映像化するのは良いかと思いますが、この作品の本質はやっぱり最終章に潜んでますからねぇ。

「愛の続き」を読んだときに、緻密な心理描写が表現しきれずに映画化しても単なるサスペンス映画になるのではと危惧したのが、見事に当たってしまったので(「Jの悲劇」レビュー参照)、今回も、単なるドロドロ恋愛劇場になってしまうのではないかとちょっと心配です。

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コメント

ANDREさんの絶賛レビューを読んで、買ってしまいましたよ。
暗そうなタイトルに敬遠してたんですが。

これって、新潮クレストブックスから出てましたか?
『アンジェラの灰』の表紙と似た雰囲気ですよね。

投稿: ぐら | 2008年4月18日 (金) 21時24分

>ぐらさん

なんか読み終えた後に興奮してしまい
やたらと絶賛してしまったのですが、
「小説」ならではの面白さのある作品なのでオススメです。

ネタバレせずには感想がかけないところが痛いのですが・・・。
このネタバレはどうしても書きたくないので
ブログでは感想の書きづらい作品でした。

昨年末にクレストでマキューアンが出ていたので、
僕も、これはクレストで出てたのかな?と思ったんですけど、
多分違いますよね。

『アンジェラの灰』、確かに似た雰囲気ですね。
実は『アンジェラの灰』は出たばかりの頃に原書で読んだのですが
クレストの表紙は原書の表紙で使われてた写真をそのまま
使っていたように思います。

で今調べてみたところ、『贖罪』も原書と同じ写真を使ってるんですね。
日本語の翻訳本は原書と表紙が違うことのほうが当たり前だと
思っていたので、結構意外です。

投稿: ANDRE | 2008年4月22日 (火) 01時23分

ようやく読み終えました。
これは最初から読み返したくなりますねー。
よく読むと、「真実らしきもの」しか語られてないんですよね(真犯人にしても)。

ANDREさんのレビューを読んでなかったら、手に取らなかったと思います。
ありがとうございました。

投稿: ぐら | 2008年7月 7日 (月) 22時46分

>ぐらさん

いえいえ、こちらこそ、記事を参考にしていただいて
本を読んでいただきまして、大変嬉しく思っています。

上巻や下巻の終盤にいたるまでの部分も
確かに面白いんだけど(特に第1部は圧巻)、
最終章を読むと、それまでの感じていた面白さが
まるで違ったように受け止められるのがとても面白い作品ですよね。

マキューアンの作品は他の作品もオススメなので
機会がありましたら是非是非読んでみてください。

投稿: ANDRE | 2008年7月 8日 (火) 01時01分

ANDREさん、こんばんは。
本当なら一気に読みたいところ、何だかんだで時間がかかってしまいましたが、
やっぱり、この小説を読んでよかったです。凄い、としか言い様がありません。
もちろん、映画は映画でとてもよかったんですが、

>この作品の本質はやっぱり最終章に潜んでますから
おっしゃるとおりでした。
いや、映画を観た時に、そう感じたものですから、
映画の補完として原作を読むのではなく、
小説を小説として楽しみたい、と思ったのでしたが、
やっぱり、その感覚は間違ってなかったと思いました。

『アヒルと鴨のコインロッカー』同様、最後のネタバレ状態で読んだので、
「ああ、小説で先に驚きたかった!」とまた思ってしまいました。
ブライオニーの告発の真意が、映画では如何様にも取れたのですが、
小説では、映画ではあえて強調されなかった部分でもあって、
そのあたりの表現の違いで印象が異なるものの、
どちらも、とても文学的であり、映像的でもある素晴らしい作品。
その両方に出会えてよかった、と思える作品でした。

投稿: 悠雅 | 2008年12月23日 (火) 00時28分

>悠雅さん

コメント&TBどうもありがとうございます。

この作品は本当に傑作だったと思います。
小説を読む楽しみをこれほどまで
味わわせてくれる作品はなかなかありませんよね。

『アヒルと鴨~』も『贖罪』も自分は原作を読んで
映画化は絶対に不可能だと思ったのに、
どちらも見事に映像化されていて、
映画の可能性の広さを感じさせてくれた作品でもありました。


投稿: ANDRE | 2008年12月23日 (火) 20時11分

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