「お菓子と麦酒」 サマセット・モーム
お菓子と麦酒 ウィリアム・サマセット・モーム 角川文庫 2008.4. |
サマセット・モームの作品は読んだら間違いなく面白いというのが分かっているのですが、機会がないとなかなか手にすることがありません。でもって、4月に文庫が復刊されたので、ここぞとばかりに読んでみました。
主人公ウィリーは作家仲間であるロイに呼び出され、そこで、亡くなった人気作家ドリッフィールドの伝記を書くことになり、それに協力してほしいと持ちかけられる。それを機に、ウィリーは、少年時代に故郷の街でドリッフィールドと彼の最初の妻ロウジーらと過ごした日々を回想しはじめるのだが・・・。
やっぱりモームの作品は面白い!
この作品は主人公の独白形式になっているんですが、この手法が上手く使われていて、なかなか面白い1冊でした。作中でこの形式に関して自ら言及する場面もありましたね。
ウィリーの知るドリッフィールドはまだ世間が絶賛する文豪でもなく、ロウジーもまた、世間で語られるような下品な女性ではなかったために、主人公のこの2人に対する認識が世間一般の認識とずれていて、その辺りが独白という形式で非常に面白く描かれているなぁと。
とりわけ、ロウジーに対する主人公の思いが徐々に解き明かされていく様子は終盤にかけて、一気にラストまで読んでしまいたくなるくらいにスリリング(?)で面白かったです。
老齢の文豪を描く話かと思いきや、主人公は、語り手のウィリーでさえなく、自分の気持ちに素直に従い、奔放に生きるロウジーなんですね。ウィリーの視点で描いたことで、ロウジーのキャラクタに嫌味な雰囲気がなくなって、ラストも読後感が良かったです。ま、自分はこういう人苦手ですが。
ところで、この主人公ウィリーはモーム自身がモデルとのことですが、名字が「アシェンデン」になっているのが、同じくモームが自らの体験をベースにして書いたスパイ小説「アシェンデン」と同じで、この作品がかなり好きだったので、無駄に興奮してしまいました。
他の登場人物も実在のモデルがいるそうですが、文豪ドリッフィールドはトマス・ハーディがモデルという説もあるみたいですね。ふむふむ。ハーディは映画化された「テス」と「ジュード」をどちらも映画で見ただけなので、機会があったら読んでみたい作家です。
途中で出てくる文学談議も稀代の文豪モームならではの視点がなかなか興味深かったです。
この「お菓子と麦酒」というタイトル。解説によると、シェイクスピアの『十二夜』の以下の部分から来ているとのこと。
Dost thou think, because thou art virtuous, there shall be no more cakes and ale?
最後のとこの「cakes and ale」ってとこですね。2幕3場で夜にトービーたちが宴会で盛り上がってるのを見て、マルヴォーリオが文句を言った後で、トービーが「楽しみはこれ以上いらねぇってのか?」みたいな感じで反論する時に、世の中にある楽しみを代表するものとしてケーキとビールを上げて、自由気ままな様子を表す言葉(=これがこの作品ではロウジーの比喩になっている)。甘党・辛党関係ない感じですね。
『十二夜』がシェイクスピア作品の中で一番好きな自分としては、このタイトルのつけ方だけで猛烈に嬉しい小説です。
あ、内容も素晴らしかったですよ。
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コメント
お~、面白そうですね、モーム。
「月と六ペンス」がすごかったので今にわかに注目している作家の一人です。これまで読まなかった事が悔やまれます。
投稿: piaa | 2008年7月10日 (木) 11時47分
>piaaさん
コメントありがとうございます。
モームはいくつも読んだわけではないですが、
基本的にはずれがないイメージです。
この作品、せっかく復刊したのに
量が少なかったのか、もはやほとんど書店では見かけません・・・。
良い作品なだけにもったいないです。
投稿: ANDRE | 2008年7月10日 (木) 19時48分