「Nocturnes」 Kazuo Ishiguro
Nocturnes (邦題:夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語) Kazuo Ishiguro faber and faber 2008 |
イシグロの最新刊は短編集です。邦訳も出ていますが、短編で読みやすいのではないかと思い、イシグロ作品初の原書チャレンジ。
収録されているのは副題通りの5作品で、どの作品にも音楽が重要なアイテムとして登場するのだが、1つをのぞいては、主人公自身が音楽家という設定です。自分も趣味で音楽を嗜んでいるので、興味深く読むことができました。
さて、この短編集、何に驚いたかって、イシグロ作品でここまで笑えるとは!というくらいのユーモアの多さ。特に2作品目は、まさに抱腹絶倒の面白さでした。しかし、それでいて、ちゃんと味わいのある人間ドラマが描かれていて、夜想曲集というタイトルにぴたりとハマる余韻を残すところが流石のイシグロといった感じです。
どの短編も、ちょっとした勘違いや、本音と建前、過去と現在のギャップなどによって心がすれ違う情景を描いていて、そのあたりはイシグロ氏の「語り」の上手さを思う存分に楽しむことのできる1冊でした。
以下、各作品ごとに短く感想を。
・「Crooner」
"croon"という単語は低音で甘くささやくに歌うという動詞なので、そんな感じで歌う歌手の人が出てくる物語。
主人公はカフェやレストランで演奏をして回るバンドメンバーの一員。あるとき、とあるカフェで演奏をしていたところ、客席に彼の憧れの人物であるトニー・ガードナーという歌手がいることに気がつく。彼は意を決してガードナー氏に話しかけると、ガードナー氏からとある依頼をされるのだが・・・。
落ちぶれた歌手と彼を崇拝する主人公の微妙なすれ違いっぷりが非常に上手く描かれていて、そこにガードナー夫妻の関係やら、共産圏で育った主人公の生い立ちやらが上手い具合に絡まってきて作品全体を深い余韻で包み込んでいました。
イシグロ氏の一人称語りの上手さが最初から炸裂してましたね~。
・「Come rain or come shine」
海外で語学教師をしている主人公レイは学生時代の友人チャーリーに呼ばれ、彼の暮らすロンドンの家とやってくる。どうやらチャーリーは妻のエミリーとギクシャクしており、彼の出張中になんとかエミリーとの仲を取持てるようにセッティングして欲しい様子。エミリーもまた学生時代の友人で、レイとは共に古いミュージカルナンバーを好む友人同士であった。
そんなわけで、とりあえずエミリーの仕事中に夫妻宅で留守番をすることになった主人公なのだが、そこで思いがけないハプニングが発生してしまい・・・
いやはや、大爆笑させられちゃいました。とにかく「犬」のインパクト強し。様子を想像すると、思い出し笑いしそうなくらい面白かったですよ。
イシグロ氏がここまで抱腹絶倒の作品を書くとは!という新たな発見が嬉しくもあり、だからといって、下らないユーモア小説に終わらず、ラストにとてつもない緊張感を秘めた余韻を残すところは流石です。
・「malvern hills」
歌手デビューを目指す主人公はロンドンでのオーディションが上手くいかず、姉夫妻が食堂を営むモールヴァン・ヒルでひと夏を過ごすことになる。あるときスイスから観光でやってきた夫妻が店を訪れるが、そこでちょっとしたトラブルがあり、宿を探しているという彼らに、勢いで評判の悪い宿を紹介してしまうのだが・・・
これはまた各登場人物たちの様々な思いが交錯していく様子が見事。一人称語りの小説なので、主人公以外の人物像は彼の語りの中からしか見ることができず、二転三転していく様子がとても面白かったです。
あとモールヴァン・ヒルにちょっと行ってみたいです。
・「Nocturne」
主人公は腕は抜群なのに見た目のせいで全く売れていないことを指摘され、整形手術を受けることになるサックスプレイヤー。術後、包帯が取れるまでホテルのシークレットルームに滞在することになった彼は、隣室に、同様に手術を受けた憧れのセレブ、リンジー・ガードナーがいることを知り、やがて、2人は会って話すようになるのだが・・・
1話目と登場人物がリンクしてますね~。イシグロ氏にこういう遊び心はあまり期待していなかったので、こういうのは嬉しいですね。
これもまたちょっとコミカルな場面が登場する作品。一番長い作品だし、タイトルの一部にもなってるんですが、自分はこの作品が一番普通だったかなぁ。
でも、メグ・ライアンのチェスセット、ちょっと気になります。
・「Cellists」
流しの演奏者シリーズふたたび
レストランやカフェで演奏をするバンドメンバーにやってきたチェロを弾くチボール青年は、自らもチェロをたしなむというエロイーズという女性と出会い、指南を受けることになるのだが・・・。
これまた、絶妙な心のすれ違いがキーになり、とても面白い作品でした。
てか、久々にここまで痛いキャラが出てくる小説を読みましたよ・・・。なんか、あまりあれすぎて、コメントしづらいよ。
ちなみに日本語版はこちら。
作中に登場するモチーフが描かれた表紙になってますね。
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コメント
こんばんは。
おススメをいただいていて、遅れ馳せながらやっと読んだのに、
ここ1週間、普段の生活ができていないものですから、
お邪魔が遅れているうちに、先にコメントいただいてしまいました。
カズオ・イシグロの短編集でANDREさんのおススメなら間違いないと思いましたが・・・
まさか、こんなお話ばっかりの短編集だなんて!
笑うというか、びっくりして、「笑っていいお話なんだろうか」なんて妙なこと思いながら読んでました。
そうそう。作品間のリンクなんて思ってなかったから、うひゃっ、なんて声が出てしまいました(笑)
それぞれの出会いと別れの物語を、さらりと切り取って、
短めの尺で纏められた英国映画を観ているようで、
益々、イシグロ作品に興味と期待が増した感じでした。
投稿: 悠雅 | 2010年1月25日 (月) 23時35分
>悠雅さん
コメントどうもありがとうございます。
イシグロが書く短編というのはどんな感じなのだろうかと、
読む前は色々な考えをめぐらしていたのですが、
ふたを開けてみてびっくり、とても楽しく、
それでいてほろ苦い部分も多く、
大満足の1冊でした。
英国俳優&スタッフで
オムニバス映画化してくれたら
なかなか面白いのではないかなとも思います。
作品間リンクは伊坂作品ではおなじみですけど、
イシグロ作品でお目にかかれるとは思わなかったので、
ちょっとビックリでしたね~。
投稿: ANDRE | 2010年1月27日 (水) 00時28分