「Sightseeing」 Rattawut Lapcharoensap
Sightseeing Rattawut Lapcharoensap 2005 (邦訳:『観光』 |
邦訳が発売された当初から絶賛の声をいたるところで聞いていた作品で、このブログでもコメント欄でご推薦いただいたこともあって、自分もとっても気になっていた1冊。
短編ということで読みやすいのではないかと思い、せっかくなので原書でチャレンジしようと思ったのですが、割と大き目の書店の洋書売り場をのぞいてもなかなか現物を目にすることがなく(洋書は英語のレベル確認も含めてちゃんと中身をチェックしてから買いたい)、どうしようかなぁと思っていたところ、新宿の紀伊国屋さんにて平積みになっているのを発見!おりしも、「ワールド文学カップ」開催中だったので、もしや連動して大量入荷したのか!?などと勝手に妄想しつつ、無事購入に至りました。
さて、収録されているのは7作品。
著者は79年生まれの、アメリカ生まれのタイ育ちの若い作家で、収録されているどの短編もタイを舞台にしています。この作品が2005年の出版なので、20代前半頃に書かれた作品が多いのではないかと思うのですが、噂にたがわずどの作品もかなりのクオリティの高さ!
作者の年齢が若いこともあって、少年が大人になる瞬間を描くのがとても上手いなぁという印象です。
基本的にどの作品もとてもシンプルな表現ながら、読み手の語感をダイレクトに刺激してきて、かなりの現実味を持って作品世界を感じることができました。表題作のタイトルにあるように、この本を読んでいるその瞬間、まさにタイという国を「観光」できる、そんな力強さを持った作品だったと思います。
あまりに面白かったので、いつもとは違って、全ての作品に感想を書いてみました。
以下、やや長めですが、どうぞ。
Farangs
米兵の父とタイ人の母との間に生まれた青年は、母の営むモーテルで働きながら、観光客の米国人女性たちに恋する日々を送っていた・・・。
冒頭の"This is how count the days"ではじまる暦のくだりがとても良い。導入としてインパクトがあり、そして観光ビーチである物語の舞台の様子も的確に描写されています。
観光客が現地人に本気で恋をすることなんてなくて、ただ冒険を楽しみに来ているだけなのは分かっていても、彼女たちに恋をしてしまう主人公。彼の内面にハーフであることのコンプレックスがあることが明らかになった途端、なんとも切ない気持ちにさせられる物語でした。
あと、クリント・イーストウッドという豚の名前がとても面白い。ただ、タイ語を喋るランボーとか細かな技が技巧的というか、小説として優等生すぎるような気がしないでもない。
ちなみに、farangというのは「外国人」を意味するタイの言葉なんですが、ちゃんと英和辞典に載っていることに驚きました。
At the cafe lovely
父を亡くした幼い主人公が兄に連れられて夜の社交場へ・・・
自分が弟で幼いころに兄のうしろについていって、トラブルがあって泣いてしまって兄が一緒に帰ってくれたような思い出が実際にあるため、ここで描かれる兄弟の絆がぐっと胸に響きました。ラストのバイクで走る場面がとても印象的。
この話もハンバーガー店でのできごとなんかはちょっとあざとい気がしないでもない。
主人公が見つめる景色や、感じた匂いなどがダイレクトに五感を刺激してくるような感覚があって、自分も一緒にカフェにいるような臨場感が感じられたのも良かったです。
Draft Day
徴兵の籤に幼馴染の友人と出かけた主人公。しかし、主人公はとある秘密を抱えていた・・・
あぁ、主人公の後ろめたさがダイレクトに伝わってきて読んでるこちら側までとても心苦しい。ここで描かれる罪悪感はかなり重い。
2人はこれを機に訣別して、少年時代に別れを告げるんだろうけど、こういう訣別が自分たちの手によるものではなくて、大人たちの間のやり取りで進められてしまうところがまた苦しい。でもそういう現実は多分どこの国にでもある。
母の料理がほろ苦かったとか、ちょいちょい表現が教科書的なのは相変わらず。
Sightseeing
失明間近の母と共に海辺の観光地を旅することになった青年の話。
クライマックスよりも前半の母の病気が発覚する下りの妙なリアルさが胸に響きました。
あと、家を離れることをちょっとためらっている息子の背中を母がやさしく押してあげる場面がなかなか良い。
日本語の「観光」という言葉が光を観ると書くことが奇跡のようにこの作品にマッチしてるんですが、五感に響く作者の作風がこの作品と非常に上手く合っていて、文章の中から広がる視覚世界がとても印象に残る作品でした。
Pricilla the Cambodian
近所にカンボジア難民が暮らし始め、そこに暮らすプリシラという少女と出会う少年の物語。
総金歯というインパクトがまず凄い!
主人公の少年が、まだまだ子供の視点で世界を観ているのに対して、幼いけれどプリシラはもっと世界の負の顔を沢山知っている。ちょっとほろ苦い別れを経験した主人公がラスト、弱者の立場に立たされるのは、ややわざとらしさも感じられる展開ではあるけれど、物語のまとめ方としては上手いなと思いました。
ただ、歯は大切に保管してあげて欲しかったかなぁ。
Don't let me die in this place
タイ人と結婚した息子家族の暮らすタイで老後を過ごすことになったアメリカ人の話。
ついにタイ人でも若者でもなく、アメリカ人の老人を主人公にした作品が登場。それでも作品のクオリティが全く衰えてないところに、この作者の実力が感じられます。20代の若者が書いた作品だというのだから本当に驚き。
上手く発音できないために孫の名前さえ満足に呼べないような環境で、まさにタイトル通りの心境にある主人公の心が一気に解けだす終盤のダンスシーンがとても印象に残りました。非常にシンプルなのに、とても心に響きます。
ときに、その後のbamper carsへの流れも自然で、アトラクションの生き生きとした鮮烈な描写も素晴らしく、ラストの主人公の一言に、主人公のこの地で新しい人生を歩もうという決意が感じられたのも良かったです。
Cockfight
闘鶏の英雄だった父が町のならず者Lttle Juiの連れてきたフィリピンの闘鶏師によって負け続けるようになる。負けるたびに金を失い、そんな父のもとを母は去ろうとする。しかし、それでも父は闘い続ける・・・
今度は主人公の性別が女性に。語りのカメレオンっぷりはすさまじいですね。ラッタウット君。(自分より年上の作者ですが、この本の出版は今の自分よりも若いときなので、自分より年下の青年がここまでの作品を書いていることに、ただただビックリ。)
中編といってもいい長さですが、物語の面白さ、相変わらずの五感を刺激する文章でグイグイひきつけられて長さはそれほど気になりません。この人、多分長編も書けますね。
Little Juiというとんでもない悪役が出てくるんですが、彼が最初に試合で負けた後、逆ギレして衝撃の行動に出る場面があって、あまりの理不尽さに読みながら思わず「うわっ」っと声を出してしまいました。ここまで理不尽なキャラは久々。そして、終盤もこれを伏線にした痛々しい展開が待っていて、そちらも図を考えると普通に怖い。
ちょっと西部劇チックな男の闘いをあえて娘の視点から描いたのも面白かったですね。ただ、ラストの終わり方が個人的にはちょっとモヤモヤが残るというか・・・。「えっ!?」って感じでしばし呆然としてしまいました。他の短編と比べると、主人公の成長がつかみづらかったかなぁという気がしないでもないです。
以上7作品、久々に全ての作品をじっくりと味わえた短編集でした。普通に読み終えたときには「Pricilla」が一番面白かったかなぁと思っていたんですが、「Draft Day」の後味の悪い罪悪感がいつまでも心から離れず、今は「Draft Day」もかなりのお気に入り(?)です。
ところで、今回、Twitterを通して、本書を御翻訳された古屋美登里さんより大変貴重なコメントをいただくことができ、非常に素敵な経験をすることができました。さらに、本書を購入した際にレジをしていただいた書店員さんともコメントを交換するこができました。翻訳者、書店員、読者という、これまで一般的に交わることのないと思われていた人々の交流を可能にするTwitter、今後の読書のあり方を変える可能性も秘めてますねぇ。
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コメント
お久しぶりです、しんちゃんです!
この本に対するアンドレさんの感想を読んでみたかったので、とても楽しく記事を拝見いたしました。しかも原書を読まれたとは!
わたしが読んだのは古屋美登里さんの訳による『観光』ですが、やはり大変な感銘を受けまして、ラッタウットさんもすごいが訳者もすごい!と素人ながら思ったほどでした。
文章自体はアンドレさんのおっしゃるようにシンプルでありながら、選び取られた描写は結果としてセンチメンタルなものになっていて、この本ではそれがすべていい結果を出しているように思いました。琴線に触れるとはまさにこれかなというかんじでしたね。
ちなみにわたしが一番すきなのは表題作です。「母もの」に弱いんです!(笑)
自分もアンドレさんのようにいつかは英語の本はそのまま読めるくらいに、こつこつ勉強したいと思います☆
投稿: しんちゃん | 2010年5月30日 (日) 11時51分
>しんちゃんさん
お久しぶりです!!
コメントどうもありがとうございます!
以前、しんちゃんさんがコメントでオススメして下さったのを
ずっと覚えていまして、
この本を読もうと思ったきっかけの1つになっています。
どうもありがとうございました!
本当にシンプルな文体なのに、
五感にガンガン響いてくる描写に圧倒されましたね~。
古屋美登里さんの翻訳、
自分は以前読んだ「望楼館追想」という作品の
翻訳がとても好きだったので、
この作品の翻訳も良いんだろうなぁというのは良く分かります。
また何か面白い作品がありましたら
オススメよろしくお願いします!!!
投稿: ANDRE | 2010年5月31日 (月) 01時00分