「暗いブティック通り」 パトリック・モディアノ
暗いブティック通り パトリック・モディアノ 白水社 2005.5. |
10年近く前、大学の「フランス文学入門」なる授業で先生が紹介していて、それ以来ずっと読んでみたいなぁと思っていたフランスの作家モディアノ、10年越しの夢をついに叶えました。(ま、かなえようと思えばいつでもかなえられたんですが・・・)
主人公は、過去の記憶を失い、探偵事務所で働いている男ギー。一緒に活動してきた探偵ユットがニースに行くことになり事務所を閉じたのをきっかけに、ギーは自分が何者なのかを知るために自らの過去を調査し始める。
自分に似た男が写っている古い写真を手掛かりに、様々な人物のもとへ足を運び話を聞くうちに、自らの過去の記憶が呼び覚まされていく・・・
この作品、もともと79年に翻訳出版されたものが05年に改訂されたんですが、その改訂版出版の背景がなんとビックリ、この小説、「冬のソナタ」の製作者たちがドラマを作る上で影響を受けた作品として挙げているんだそうです。記憶喪失の男、なんていう部分なんですかねぇ(冬ソナの内容をよく知らないのでどこがどう影響を受けてるのかとかよく分からないけど)。
さて、探偵事務所で働いていた主人公が、様々な人物を訪ねて、そこから自らのアイデンティティを発見していくという流れが、オースターのNY3部作や、タブッキの作品なんかとも共通したテーマが感じられてなかなか面白い作品でした。
舞台になっているのが第2次大戦前後という時代で、ヨーロッパの貴族やら、ロシア人やら、謎の南米の男やら、登場するのが設定だけで心躍ってしまうような人物ばかり。
途中出てくる台詞にも結構ツボを刺激されたんですが、記憶のない自分を幽霊のようだと語る部分や、作中にいつも海岸にいて多くのの人が彼と一緒に写真を撮っているのに、彼が何者なのか誰も知らないという「海水浴場の男」というのが登場するんですが、我々の存在は誰もがその海岸の男と同じなのだと語る部分はとりわけ印象深かったです。
新たな証言を得るたびに、もしかしたら自分はこの人物なのではないかと、次々と自分の正体の候補者が現れるところに、我々の存在の不確かさを感じたし、さらに、徐々に記憶が呼び覚まされていく過程でも、人々の証言の中に存在する自分というものに、今ここに生きている我々の存在はどのくらい確かで、果たしてどこにあるものなのか、ということをあれこれと考えさせてくれるなかなか面白い作品でした。
ただ、ラストがすっきりと終わる作品ではないので、もやもやが残るのも事実で、結局、なんだかよく分からない話でした、という印象がないでもない。それでも、最後まで読んだ後に再び最初から読み返すと、分かりづらかった伏線部分がやや鮮明になったので、何回か読み返すと、もっと深く味わえるかも。
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