「Invisible」 Paul Auster
Invisible Paul Auster 2009 |
このところ良い具合に洋書を読み進めているのですが、オースター作品は10年前に文庫で手に入る邦訳をすべて読み終えて、次の邦訳が待ち切れなくなって以来、ずっと原書のペーパーバック版で新作を追いかけている作家。
初オースター原書はTimbuktuでした。「ティンブクトゥ」の文庫版はこの6月に出たばかりなので、あのまま文庫になるのを待っていたら読めるようになるまで10年待たなければいけなかったということになります。
さて、このところ1年に1冊のペースで新作を発表しているオースターの最新作は・・・
1967年のNY。コロンビア大に通う作家志望の青年アダムは、とあるパーティで大学で教鞭をとっているというルドルフ・ボーンと彼の連れのマーゴットというフランス人のカップルと知り合う。
あるとき、ボーン氏は自分が出資するからと、文芸誌の創刊の話をもちかけ、アダムにその編集を依頼してくる。そして、そんな折、街を歩いていたアダムとボーン氏は思いがけない事件に遭遇する・・・
40年後、作家のジェームスのもとに学生時代の友人アダムから手紙が送られてくる。アダムは1967年の春からの1年のできごとを書いた回想録を執筆しており、それを彼に読んで欲しいと頼んできたのだが・・・。
今回のオースターはとにかく物語が面白くて、第1章の終盤で衝撃の事件が起きて、結局その事件がその後長きにわたってアダムとボーン氏の人生に影を落とすことになるんですが、そこからはとにかく先が気になってしまい一気に読んでしまったという感じです。ハラハラドキドキの展開も結構多くて、かなり面白かったです。
でもって、こういう心理サスペンス的なエンタメ性の高さがある一方で、悪魔的な登場人物を出すことで、正義とは何か、というのが大きなテーマになっていて、主人公は自らが正義だと信じる行動をとるんですが、一方で彼自身の倫理性や道徳性を問うようなできごと(これまたショッキング!)も描かれて、一筋縄ではいかない複雑な人間性を問うてくるあたりも非常に面白かったです。
アダム青年が厳しい現実に直面し、もがき苦しみ、愛に迷い、正義を叫ぶ姿もひとつの読みどころなんですが、この青年も過去のトラウマに縛られていたりして、素直な善人というわけではないのがまた複雑で面白い。
また、ベトナム戦争関連をはじめとして1967年という時代の知識があまりないので、そのあたりに関する作品の本質的な部分は読み切れてないなぁというのも強く感じたので、何かの機械で勉強することがあったら、この作品も読み返してみたいと思います。
21世紀に入ってからの作品ではすっかりお馴染みの「小説中小説」が出てくる作品なんですが、これがまたとても面白い手法で登場します。全部で4章あるんですが、それぞれの章で、第1章が1人称、第2章が2人称、第3章が3人称、そして、第4章が日記と全ての章で異なる文体が使われているんですね。主人公の内面的な部分にせまってくる第2章が2人称で自分へ語りかけるように書かれていたりと、それぞれの文体の使い方も非常に上手い。
最終的に真実は藪の中という感じで、もやっとした終わり方にタイトルの「Invisible」が良い具合にはまっていて、さらに、ラストのなんともすっきりとしない光景がそのまま読後感につながっているあたりも上手かったと思うんですが、このラスト急に現れたので、なんだか意味もよく理解しきれずもうちょい読み直した方が良いのかなとも思います。
ボーン氏、普通に怖いよ・・・。だからといってアダムが好きになれるかというとそうでもなくて、出てくる人物がみんな曲者揃いなんですよねぇ。
「Invisible」が指す「見えないもの」が果たして何だったのかというのは色々な解釈ができるところですが、自分は表面からは見ることのできない人間の本性を描く作品だったと思うので、そのあたりもかかってきてるのかなぁと。
作中、これまたオースター作品ではおなじみですが、色々な小説や映画が登場するんですが、今回最も僕のツボにはまったのは、主人公が学生時代に書いた戯曲のタイトル「ユビュ王2世」。大学時代に受講していた一般教養の「フランス文学入門」の授業で(しばしばこのブログの記事に登場するアレ)、先生がユビュ王について熱く語っていたことを思い出し、当時授業内で見た割と衝(笑)撃なビデオの映像も一緒になって思い出してしまい、思いがけず笑いがこみあげてしまったという・・・。かなり個人的な思い出話でスイマセン。
オースターは、初期の名作の後、しばしの迷走期を経て、21世紀になってから、『幻影の書』で大ブレイクし、その後はかなりの高レベルを維持して良い作品を連発しているという印象なんですが、ここらでまた一発ドーンとすごい作品を書いてくれないかなぁと。今回の作品も非常に面白かったけど、オースターだったらもっとインパクトのある傑作を書いてくれるんじゃないか、と思ってしまったんですよねぇ。
今後の活躍がますます楽しみです。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 「足音がやってくる」マーガレット・マーヒー(2013.05.30)
- 「SOSの猿」伊坂幸太郎(2013.05.05)
- 「死美人辻馬車」北原尚彦(2013.05.16)
- 「俺の職歴」ミハイル・ゾーシチェンコ(2013.04.01)
- 「エムズワース卿の受難録」ウッドハウス(2013.03.24)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント