書籍・雑誌

2013年5月30日 (木)

「足音がやってくる」マーガレット・マーヒー

足音がやってくる (岩波少年文庫)

the haunting

マーガレット・マーヒー
(Margaret Mahy)

岩波少年文庫 2013.2.
(original 1982)

1983年にカーネギー賞を受賞した作品です。

主人公は父が再婚し、もうすぐ子供の生まれる継母と2人の姉と5人で暮らす8歳の少年バーニー。あるときバーニーの前に幽霊のような少年が現れ、「バーナビーが死んだ!ぼくはとってもさびしくなるよ」と告げる。動揺したバーニーが帰宅すると、バーニーがその名前もらった叔父のバーナビーが亡くなったと聞かされ、バーニーは意識を失ってしまう。そして、その日からバーニーには近づいてくる足音が聞こえるようになり・・・。

何かにとりつかれてしまったバーニーであったが、やがてバーニーの実母の家系に隠された秘密が明らかになり、一家の運命が大きく動き始める。

児童文学なんですが、子供のころに読んでたら確実にトラウマになったと思われるくらいに、怖い場面の怖さが半端じゃなかったです。

序盤の怖さからホラーなのかと思って読んでいると、だんだんと実母の家族に隠された秘密を暴いていくミステリー的な展開になって、物語は思いがけない方向へと進みます。

特殊な力を持った人間の孤独を、その力を持っている者や家族の生き方を通して、様々な形で描いた作品で、人と違うということに対して、我々がその運命をどのようにして受け止めるのかという問題に力強く向き合った終盤はかなり読みごたえがありました。

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2013年5月16日 (木)

「死美人辻馬車」北原尚彦

死美人辻馬車 (講談社文庫)

死美人辻馬車

北原尚彦

.講談社文庫 2010年6月

ヴィクトリア朝ロンドンを舞台にした幻想短編集ということで、これでもかというくらいにツボをついていくる1冊でした。

日本の作家による作品なのだけれど、英国好きの思い描くヴィクトリア朝のイメージを壊すことなく、この世界観に酔いしれることのできる素敵な1冊です。9作品が収録されているのですが、実在の人物や、文学作品の登場人物なんかを題材に取った作品が多いのも、ニヤリとさせられて嬉しかったです。

以下気に入った作品にコメントを。

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2013年5月 5日 (日)

「SOSの猿」伊坂幸太郎

SOSの猿 (中公文庫)

SOSの猿

伊坂幸太郎

.中公文庫 2012年11月
(original 2009)

順調に文庫化が進む伊坂作品ですが、伊坂作品は単行本が出たときにどんな作品なのだろうかとタイトルから色々と想像するのも楽しみだったりします。さて、そんな伊坂作品の中でもちょっと内容が想像しづらかった不思議なタイトルの1冊ですが・・・。

親戚からひきこもりの子どものみてほしいと頼まれた悪魔祓いの青年と、巨額の損害を生んだ株の誤発注事件を調査する男。二人の物語を孫悟空が結びつけていく・・・。

文庫化に至るまで何度か加筆修正はされているのだろうけど、新聞連載だったということで、細かな章立てが生きていてテンポよく読みやすい作品でした。

悪魔祓いの青年の話と株の誤発注の調査員の話が交互に語られるのだけれど、序盤ではこの2つがどのように交差していくのかが全く見えないので、結構ワクワクしながら読み進めることができました。

ただ、この作品、他の伊坂作品と比べてキャラクターのインパクトが薄めで、その割には短い話でもないので、ストーリーの面白さだけで勝負するには、そちらもちょいと地味だったように思われて、満足度はいつもよりかは低めです。

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2013年4月 1日 (月)

「俺の職歴」ミハイル・ゾーシチェンコ

俺の職歴―作品集 (群像社ライブラリー)

俺の職歴 作品集

ミハイル・ゾーシチェンコ
Михаил  Зощенко

群像社

1895年にペテルブルグで生まれたロシアの作家の短編集。1920年代から40年代までに発表された23作品が収録されています。

どの作品もユーモアとペーソスに溢れた庶民の生活を口語で綴っているのだけれど、ほろ酔いのおっちゃんが語る身の上話に耳を傾けているような味わいがあって、なかなか面白い1冊でした。

決して楽な生活ではないし、背後に影が感じられながらも、語られる物語は徹底して陽気で明るく、こういう切り口だとロシアがぐっと身近に感じられます。

カバーのイラストもなかなかに良い味を出していて、作中にも同じテイストでイラストが載っているんですけど、このイラストにも明確な意味があることが書かれていて、この作品集が多くの人の強い思いと共に出版されていることもまた素敵です。

以下特に印象に残った作品をいくつか紹介。

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2013年3月24日 (日)

「エムズワース卿の受難録」ウッドハウス

エムズワース卿の受難録 (文春文庫)

エムズワース卿の受難録
(The Misgivings of Lord Emsworth )

P・G・ウッドハウス
(P. G. Woodhouse)

文春文庫

文春文庫はウッドハウス作品を順調に文庫化してくれてるのが嬉しいですね。ウッドハウス選集はまだ2冊あるから今後も続々文庫化されることを期待。さらには文庫オリジナルで続刊も期待。

さて、こちらはエムズワース卿を主人公とするシリーズの短編を集めた1冊。

ブランディングス城を舞台にカボチャや豚の綿菓子のようは脳を持った貴族のエムズワース伯爵を中心に軽薄な息子フレデリック、執事のビーチ、妹のレディ・コンスタンスといった人々を巻き込んで繰り広げる大騒動を描く連作短編集です。

ウッドハウスのジーヴスシリーズではしっかりもののジーヴズが全体を引き締めていたのに対して、このシリーズはボケ役が多すぎだし、お互いが自分の言いたいことだけを言ってひたすらかみ合わない会話を続けたりで一向に物語が先に進まない場面もチラホラあって、面白いには面白のだけれど、真剣に読んでしまうと結構疲れます。そしてそのせいで、ジーヴズものよりも物語のドタバタ具合もかなり強烈。自分はジーヴズのほうが好きかなぁ。

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2013年3月 6日 (水)

「乙女の密告」 赤染晶子

乙女の密告 (新潮文庫)

乙女の密告

赤染晶子

.新潮文庫 12年12月
(original 2010)

2010年の芥川賞受賞作が文庫化したので読んでみました。

舞台は京都の外国語大学。主人公のみか子はドバックマン教授のもとでイツ語のスピーチコンテストに向けて「アンネの日記」の暗唱に取り組んでいた。乙女と呼ばれる女学生たちの間で囁かれる教授に関する黒い噂、そして、乙女たちの世界とアンネの世界が交錯していって・・・。

「アンネの日記」と特殊な環境に置かれた女学生たちとを重ねて描こうとする意欲は非常に面白いと思うのだけれど、それが成功していたかというと、ちょっと物足りなかったように思います。

アンネは1人の少女の日記である以上に政治的な色合いも強く持っているし、人類の歴史においてかなり重い意味を持つ作品だと思うのだけれど、その一方で、そこに重ねられていく現代の少女たちの抱える闇は、比べ物にならないくらいに軽いと思うのですよね。根拠のない噂話に脅かされる心情を密告されるアンネとオーバーラップされてもなぁと。

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2013年3月 5日 (火)

「残り全部バケーション」伊坂幸太郎

残り全部バケーション

残り全部バケーション

伊坂幸太郎

.集英社 2012

伊坂幸太郎の現時点での最新作です。普段は文庫派なのですが、職場にて伊坂好きの同僚から文庫まで待つのはもったいないくらいに面白かったからと貸していただきました。確かに面白かったので、感謝!

物語は裏稼業に生きる溝口と岡田という2人の男を軸にした連作短編で、それぞれの短編で舞台となる時間も違うし、主役となる人物も変わるので、一見すると同じ世界観で書かれた短編集のように思えるのですが、最終話でそれまでの短編に出てきた様々な要素が一気につながって、この本全体で1つの長編のようになっているというなかなか面白い1冊。

こういう連作短編の手法は加納朋子が抜群に巧くて、初めて加納作品を読んだ時ほどの感動はなかったけれど、それでも久々に伏線が回収されていく伊坂作品の爽快感を味わうことができたのが嬉しかったです。

あと、全作品を通して、携帯電話やらスマホやら、公衆電話やらデジカメやら、デジタルな機器が結構キーとなって登場して、それぞれのデバイスの特性が作品の中でしっかりと生かされているのも面白いですね。

伊坂氏の連作短編は「チルドレン」や「死神の精度」があるけれど、自分はこの作品が一番好きですね。

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2013年2月26日 (火)

「勝手にふるえてろ」綿谷りさ

勝手にふるえてろ (文春文庫)

勝手にふるえてろ

綿谷りさ

.新潮文庫 12年8月
(original 2010)

久々の綿谷作品。インストールや蹴りたいは嫌いではなかったので、あれから年月が経ってどのような作品を書いたのか結構楽しみに読んでみました。

これまで男性経験のない26歳のオタク女子が、中学の時から片思いしているイチと自分に好意を持って接してくる職場の二との脳内二股に悩み成長していく姿を描く。

作品全体に流れる自然な雰囲気がなかなか心地よい1冊ですが、全体に軽すぎるくらいに軽かったかなぁ。1つ1つのエピソードも面白いし、結構印象に残る場面も多いし、割とストーリー性もあるんだけど、もうちょい重みがあったほうが作品がしまったように思います。

このタイプの人は自分の周りに少なくないし、自分も奥手なほうなので、多少デフォルメが強い感じはしましたが、このヒロインの気持ちは分からなくないです。ま、SNSでの行動力にはちょい驚いたし、自分が標的(表現が悪いですが・・・)にされたら結構ひいちゃうと思うけど。

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2013年2月23日 (土)

「決壊」平野啓一郎

決壊〈上〉 (新潮文庫)   決壊〈下〉 (新潮文庫)

決壊

平野啓一郎

.新潮文庫 11年5月
(original 2008)

2011年の5月に文庫が出たときにすぐに買って、しかもすぐに読み始めたにも関わらず、数十ページ読んだ時点で上巻が行方不明になってしまったのを、1年半以上かけて無事発見し、改めて最初から読み始めました。

ネットで匿名の日記を書くサラリーマンと彼に内緒でそのサイトの掲示板の常連として書き込みをするその妻。いじめに苦しむ中学生。そんな彼らのもとに忍び寄る悪魔の影を描く物語。

この作品の感想、結構いろいろなことを考えながら読んでいたのだけれど、もうね、千葉の総武線ユーザーとしてはラストシーンの衝撃が強すぎちゃって、全てそこに持って行かれちゃいました。まさかあんなところであんなことになってしまうとは・・・。

この作品、「最後の変身」や「顔のない裸体たち」でも描いてきたインターネットをからめて現代を生きる人々の心の闇をえぐっていくというテーマが長編としてみごとに結実していたように思います。盛り込みすぎなくらいにいろいろなことを盛り込んでいながら、それが破たんせずにギリギリのところでしっかりと長編としてまとまってたし。

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「夜な夜な天使は舞い降りる」 パヴェル・ブリッチ

夜な夜な天使は舞い降りる (はじめて出逢う世界のおはなし チェコ編)

夜な夜な天使は舞い降りる
はじめて出逢う世界のおはなし チェコ編
(Co si vyprávějí andělé?
Fantasy všedního dne)

パヴェル・ブリッチ
(Pavel Brycz)

東宣出版

(original 2011)

昨年刊行が始まった「はじめて出逢う世界のおはなし」というシリーズの第2弾です。第1弾はフィンランドの作家の作品でカルヴィーノを彷彿とさせるような哲学的なSFだったのですが、第2弾はチェコのファンタジー連作短編。手に取りやすい新書サイズで、2冊とも面白かったので、今後のラインナップにも期待したいです。

さてさて、そんなわけでチェコから届いた不思議な連作短編集です。

夜の教会を舞台に、守護天使たちがワインを片手に、これまで自分が守ってきた人間たちにまつわるエピソードを互いに聞かせあっているという設定で、様々な人間ドラマが語られます。

一話一話が10ページほどの長さで読みやすいのですが、結構深く一人の人生を語るものも多く、天使たちの視点で語られるという設定の面白さもあって、なかなか面白く読むことができました。

酔いどれ天使たちがワイワイやってる感じも良かったです。

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